コラム

ハリケーン被災で政敵と握手、バイデンの成算は?

2022年10月06日(木)18時40分

近年では、2005年8月にルイジアナ州などに甚大な被害を与えたハリケーン「カトリーナ」が典型的な例と言えます。この時は、堤防が決壊して大規模な洪水被害が発生しました。これに対して、屋内球場の「スーパードーム」を仮設避難所としたのですが、食料や水、衛生管理に失敗したために、ブッシュ大統領(共和)は厳しく批判され、翌年の中間選挙での大敗、更には2008年の政権交代につながっています。

それでは、バイデンとデサントスは、ブッシュの失敗に学びつつ、オバマとクリスティの成功の再現を狙ったのかというと、どうも少し違うようです。

民主党のバイデンも、共和党のデサントスも、「がっちり手を組んで」「徹底して復興支援」という姿勢ではなかったからです。常識的には、全力を挙げて与野党共同で復興予算を組んで難局を切り開こう、そんな強いメッセージを出すはずです。2012年のオバマとクリスティは、これをやったので、歴史に残りました。ですが、この2人はどちらかというと発言に慎重でした。この点に関しては、3つほどの理由が考えられます。

1つは、被災の規模がいまだに不明だということです。特に、被害の大きかったフォートマイヤース市などを含むリー郡では、残った住民の生存確認がようやく完了するかどうかという状況です。流出した橋梁などの仮設工事もメドが立たず、孤立した集落とは船舶で行き来するという場所もあります。災害廃棄物の片付けなどほとんど着手できていません。まだ、被害総額や復興予算の規模を決められるような段階ではないのです。

行政責任の所在は不明確

2つ目は、被災者のイメージの問題です。2005年のカトリーナの被災者像は、黒人を中心としたニューオーリンズの下町の庶民であり、その窮状はダイレクトに世論を動かしました。また、2012年のサンディでも、大西洋岸の沿岸部の居住地や観光インフラが大きく破壊されましたが、これもニュージャージーとしては庶民的なコミュニティに属しました。

一方で、今回の「イアン」に関しては、最近リタイアして海辺の豪華な「楽園リゾート」に住んでいた人の被災が目立っているのは事実です。また、フルで保険に入っている人が多いことも想定され、昔の「カトリーナ」被災者と比べてダメージの厳しさが伝えにくいという見方もあります。バイデンもデサントスも「被害者に寄り添う」ことで、政治的なアピールをすることが「やりにくい」ケースと判断しているようです。

3番目は、責任問題が分からないということです。今回、100人を超える犠牲者を出したのは、主としてリー郡における5メートル級の高潮被害のためです。ところが、アメリカでは普通接近の48時間から72時間前に出る強制避難命令が、今回は24時間前となってしまいました。その遅れに関して、行政の責任を問う声があります。民主党の側では、この点を突いて知事批判を行う動きもありました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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