コラム

「リクナビ」内定辞退予測サービス、個人データ不正利用の深刻さ

2019年08月20日(火)16時30分

仮にそうであれば、いくら昨年のケースであってデータが過去形であり、またビッグデータとして匿名化されているにしても、非常にプライベートな情報になります。また、閲覧履歴だけでなく、リクナビを通じたエントリーシートの記入に関するデータ、つまり所要時間とかコピペの有無、記入と同時に参照したページなどの記録になれば、よりプライベートなものとなります。

ビッグデータだとか、アルゴリズム、人工知能などというと「何か最先端の技術が使われている」とか「匿名性で安全な世界」というようなイメージを抱きがちですが、どう考えても、この「内定辞退率」の算出を目的として考えると、使用された個々のデータは相当に高度なプライバシー情報と考えられるのです。

今回の辞退率予測については、こうして得られた「アルゴリズム」を、実際に2019年の就活生の個別データに当てはめて、算出されているという説明です。

昨年データのビッグデータ化、アルゴリズム化だけでもプライバシー侵害の可能性があるわけですが、そのアルゴリズムを今年のデータ、つまり個別データに適用する場合、プライバシーの侵害度は数段高くなります。

例えば、2019年にA社が内定を出した就活生Cさんに対して、Cさんが別の会社であるB社のサイトを閲覧したパターンを、前年の多くのパターンから導き出したアルゴリズムで分析するだけでなく、B社以外のCさんに内定を出しそうな多くの他社サイトの閲覧データも分析して、最終的にB社に就職する確率を算出、それを100からマイナスすれば辞退率が出るわけです。

その際には、B社をはじめとしてA社とは全く関係のない他社サイトをCさんが閲覧したデータが、加工された形で、A社に流れるわけです。これは前年のものとは違う個別データであり、しかも匿名ではありません。予測の計算は、すべて個別の名前の入った情報が処理されて、個人ごとに辞退率が算出されるのです。

そして、Cさんとしては、自分のあずかり知らないところで、「辞退率58%の学生」などという情報がリクルートキャリアからA社に示され、結果的に「辞退するかもしれないので、拘束や監視を強める対象」にされたり、「計算外とみなされて、場合によっては面接や試験のパフォーマンスを不利に判定されたり」することになります。

リクルートキャリアや、このサービスを利用したと公表している企業は、このうちの後者、つまり辞退予測に基づいて不合格にしたケースはないとしています。ですが、内定者数全体の管理としては、辞退率を前提に「水増し内定」を行ったり、「現在内定を出しているグループから辞退が出ることを前提に、次善のグループには合否連絡を遅らせたり」するということはあったと思います。

ということは、やはりデータを見られて辞退率を計算された就活生本人以外を含めて、このような不正なデータ提供により、振り回された就活生は数多く存在したということが推測できます。

勿論、この問題について、新卒一括採用がいけないとか、どの会社も「第一志望」と言わざるを得ない就活カルチャーの問題が背景にあるという指摘は間違っていないと思います。また、このような問題を生んだことが、新卒一括採用の行き詰まりを示しているという意見にも同意します。

ですが、その議論を行う前に、これほどまでに組織的な個人情報の不正利用、しかも本人に不利な形での不正利用というのは、もっと厳しく実態が解明されて、責任を問われてもいいと思います。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

次期FRB議長有力視のハセット氏、政権内で適性に疑

ワールド

米、英との技術協定を一時停止 英デジタル規制など懸

ビジネス

EUのガソリン車販売禁止撤回、業界の反応分かれる

ワールド

米、EUサービス企業への対抗措置警告 X制裁金受け
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story