コラム

スパイ組織CIAが陥った「腐敗」

2014年12月11日(木)12時57分

 一方で、この報告を受けて、右派のメディアであるFOXニュースなどは「反米的な政権の性格を明らかにしたもの」というようなイデオロギー的な論評を加えています。さらに、そのブッシュ政権下でNSA長官そしてCIA長官を務めたマイケル・ヘイデン氏は、NBCのインタビューで「当時の法制度からは合法であり、一切恥じることはない」と述べています。

 ですが、やはりブッシュ時代の「拷問に頼った情報収集活動」というのは異様です。これはスパイ組織が陥った腐敗と言っても過言ではないでしょう。では、どうしてスパイ組織はそのような腐敗に陥るのでしょうか?

 ブッシュ政権は「9・11同時多発テロ」という前代未聞の事件に直面する中で、1つの判断をしました。それは従来型の「ヒューミント」つまり人間による諜報活動によって収集された情報は信用ができないという判断です。

 90年代までのCIAというのは、全世界を対象として「スパイを潜伏させ、現地の協力者を利用しながら情報収集を行う」というアプローチをメインに活動してきました。ですが、その結果としては「9・11は防止できなかった」のです。ブッシュ政権はこのことを重く見て、諜報活動の戦略を変えていきました。

 それはまず「シギント」、つまり電子情報を通じて収集した諜報、つまり電話回線、携帯電話の信号、そしてインターネットに関して世界中から情報を集め、これに偵察衛星による微細なデータを重ね合わせる、さらに身柄を拘束したテロ容疑者に拷問を与えて自白させた諜報を突き合わせる、そうした作業によりテロ情報を収集しようとしたのです。

 どうしてヒューミント、つまり生きた人間のスパイの比重を下げていったのかというと、それは「相手国の中で活動しているCIAエージェントは大なり小なり相手の文化に染まってしまい、100%米国の利害で動いてくれるか信用できない」からでした。また、電子諜報に過度に頼った背景には、2000年のITバブル崩壊後に軍需産業に転じて延命を図ろうとした一部のIT企業との癒着があったと見ることができます。

 いずれにしても、今回暴露された「CIAによる拷問行為」の背景には、相手国に潜入させた工作員やその周囲に存在する協力者などへの「不信」があると言えます。

 相手国において、明らかに自国の国益を損なうような危険な動きがあるのであれば、何よりも公表された情報を整理し、相手国政府との正当な外交関係の中で、あるいは官民挙げた相手国との関係の中で、危険除去の努力、あるいは情報収集の努力をすればいいのです。

 そうした正規の外交ルートでの情報収集も、そして生身の人間として派遣したスパイも信用できないというところから、ブッシュの「拷問と盗聴」に頼るスパイ組織の腐敗が起きたのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

住友商、マダガスカルのニッケル事業で減損約890億

ビジネス

住友商、発行済み株式の1.6%・500億円上限に自

ビジネス

英スタンチャート、第1四半期は5.5%増益 金利上

ビジネス

クレディ・スイス、韓国での空売りで3600万ドル制
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story