コラム

戦争も政治も遠い、現在のアメリカの「リハビリ気分」

2013年02月15日(金)12時22分

 今週の火曜日、2月12日はオバマ大統領による「年頭一般教書演説」が行われました。現在議会で進行中の「財政再建のための歳出カット論議」が大きなテーマとして意識された演説でしたが、一部の玄人筋の期待したような「与野党合意による政治へ」というメッセージは不発に終わりました。

 結局のところ演説の大半は民主党色の強いトーンで占められました。例えば、「世界最高水準の幼児教育を目指す」とか「連邦政府として定める全米での最低賃金は時給9ドルとする」という具合で、これでは「小さな政府論」の共和党との「協調」という姿勢にはなりません。

 この演説に関して言えば、軍事外交の部分が極端に少なかったのが印象的でした。「アフガン撤兵」の宣言が冒頭にあり、それに加えて北朝鮮の核実験問題に少し触れただけで、とにかく演説の過半は内政問題に費やされたのです。

 一方で、気になる銃規制に関しては、昨年12月のコネティカット州での銃撃事件の遺族や、アリゾナ州で瀕死の重傷を受けながら生還したギフォーズ前議員などを「ゲスト」として演説に呼んでいましたが、テーマとしては優先順位を下げて演説のほとんど終わりの部分で触れただけでした。

 では与野党は激しい対立ムードにあるのか、というとちょっと違うのです。例えば、「アフガンからの3万4千人の兵力撤兵を2014年までに完了する」という部分では、与野党が仲良く拍手をしていましたし、銃規制の宣言についても「さすがに反対すると中間派が離反してしまう」と焦ったのか、共和党側からも拍手が起きていました。

 勿論、歳出カット問題、それから既に成立している増税に関しては、共和党は強い抵抗を示しています。例えば、大統領の演説に対する「野党代表の反論演説」をTVで行ったマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)は、オバマ演説を激しく非難しているのです。

 では、そのルビオ議員は「民主党批判の急先鋒」なのかというと、実はここ十数年の両党が激しく対立してきた「不法移民の合法化」に関しては、共和党としては極めて中間派的な態度を見せており、オバマ政権と一緒に「移民問題の解決」へと動いている存在だったりするのです。

 この問題では、ルビオ議員と同期(2010年当選)で「ティーパーティーの中での数少ない政治的生き残り」であるランド・ポール議員も「共和党はいい加減に移民敵視を止めるべき」だと主張しています。そのポール議員は「歳出カットに聖域なし、オバマ案の軍事費削減も自分は支持する」という立場に立つなど、共和党の動きにも「新しさ」が出てきています。

 演説の2日後、14日の木曜日にはオバマの推す「新国防長官候補」のチャック・ヘーゲル氏(元共和党の上院議員)の承認に対して、共和党が「審議拒否」を行なって一旦は承認決議を潰していますが、これも与野党に対立エネルギーがあるというより、共和党として「多少は抵抗しないと格好がつかない」という見方も可能です。

 こうした政界のムードというのは、要するに時代が「苦しい不況期」をようやく脱しつつある中で、「政治の季節」でも「戦争の季節」でもない、漠然とした「リハビリ」の時期に入っているということを反映しているように思うのです。

 アメリカの世論は、オバマの演説にも、共和党の抵抗にも特別な関心は示していません。その一方で、アフガンでの撤兵を喜び、移民や銃の問題では多くの人は中間派(現実的な問題の改善)を支持しているようです。そのようにして、「ほんの少し落ち着いた時代」の雰囲気を感じて安堵しているように見えます。

 今週のアメリカのメディアは、12日には9日間にわたる「元LAPD警官で殺人犯のクリストファー・ドーナー」の追跡劇が「山荘での銃撃戦と焼け落ちた山荘でのドーナーの遺体発見」という結末に終わるのを淡々と報道したり、14日には5日間にわたって「故障して電源も推力もなくなった豪華客船で悲惨な状況に置かれた3千人の乗客」がメキシコ湾を漂流した結果、ようやく上陸できるようになったニュースを延々と報道したりしています。

 前者は4名の警官が殉職するという激しい暴力事件であり、後者はクルーズ会社の不手際と迷惑を被った乗客のドラマということで、性質は全く異なりますが、追いかけるのに忍耐を要する「尺の長いドラマ」にリアリティを感じるということでは、ある意味で世相にシンクロしたニュースであるかもしれません。

 ここまで4年半という長い時間をかけて不況脱出に苦しみ、10年以上のテロと戦争の時代に苦しんだアメリカ人には、そうした「気の長い」時間感覚があり、ドーナー事件や豪華客船の漂流といった「スローな展開の苦痛」がそこに重なっているのではと思います。

 そうした世相は、ある意味で不思議な均衡状態のように思えます。世の中が劇的に良くなることはないが、何とか一息つきつつある、一方にはそんな感覚があります。また他方には、テロや戦争の時代、不況や失業の苦しみの記憶も鮮明なものがあるのです。そんな中、人々は少し政治には距離を置きながら、苦しかった時代からの「リハビリ」をしているのかもしれません。

 安倍首相の行く2013年2月のアメリカには、そんな雰囲気があるように思います。ですから、オバマ大統領もアメリカの政財界の人々も、「仮にもデフレ不況から一息ついた」日本の現状は評価するように思われます。一方で、軍事外交に関しては「こちら側から緊張を仕掛ける」ことへの強い自制が求められるでしょう。「リハビリ中」のアメリカは、新たな緊張は全く望んでいないからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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