コラム

ハリウッドが女性主人公のアクションを作り続ける理由

2012年06月04日(月)20時59分

 アメリカ社会での女性の地位が向上する一方で、ハリウッド映画の世界では、アクション映画の主人公は男性という構図はずっと続いていました。

 中には、アンジェリーナ・ジョリーの『トゥームレイダー』シリーズのように、完全に女性が主役というのもありましたが、これとか往年の『チャーリーズ・エンジェル』シリーズなどは、男性客を意識した特殊なジャンルと言えるでしょう。20世紀末のシャロン・ストーンなどもそうした性格の役で売れていったわけです。

 例えば、クエンティン・タランティーノ監督が女性のヒロインに激しいアクションをさせていますが、彼の場合は、フェミニズム的な香りが残るのを厭わず、被害者側の復讐劇にジェンダーを絡ませて、それをスタイルにしてしまっているわけです。

 ミラ・ジョボビッチなんていう人もいますが、『バイオハザード』シリーズなど、アクション映画での彼女のキャラというのは、アメリカの視点からすれば、やはりヨーロッパ的なテイストの作りになるわけで、こちらもハリウッドのメインストリームではないと思います。

 いずれにしても、アメリカのアクション映画というのは、最近流行のアメコミの大作映画化にしても、スパイものにしても、ファンタジー系列にしても、保守的な男性中心のスタイルがデフォルトでした。

 ところが、今年に入ってこの流れに異変が起きています。ハリウッドのメインストリーム、それも巨大市場である10代向けの「PG13」カテゴリで、女性が主役のアクションものが立て続けに製作され、大ヒットしているのです。

 1つは、3月に公開された『ハンガー・ゲーム』です。原作は、日本の『バトル・ロワイヤル』に酷似した近未来小説のベストセラーで、主役は16歳の女の子。本もそうですが、映画も10代の少女たちを中心に売れに売れて、興行収入は4億ドルに達する勢い、北米市場での歴代14位というのですから恐るべしというところです。ヒロインがアーチェリーが得意ということで、アーチェリーを習うのが全米の女の子たちの間でブームになっているという、多少怖い現象まで起きています。

 このヒット作と、何らかの「タイミング合わせ」があったと考えられるのが、ディズニー=ピクサーの新作『ブレイブ』(邦題は『メリダとおそろしの森』)で、これも弓の得意な少女を主人公にした、ピクサーとしてはダークなアクション活劇になっているそうです。(米国での公開は6月下旬)

 どうして、少女が主役のアクション活劇が続いているのでしょう。私は、先週末に公開された『スノーホワイト』(原題は『スノーホワイトとハンツマン』)を見ていて、何となくその原因が分かったように思いました。

 この『スノーホワイト』ですが、日本での公開は今月中旬ということですので、例によってネタバレは控えますが、グリム童話の『白雪姫』にかなり忠実な設定でありながら、童話の枠組みを越えた中世の戦争活劇になっているのです。継母である「悪の女王」の再三にわたる殺害計画を生き延びたプリンセス・スノーホワイトが、今回は甲冑に身を固め大軍を指揮して女王軍との城砦攻防戦に立ち向かうという、荒唐無稽といえば荒唐無稽ですが、派手なストーリー展開になっているわけです。

 何と言ってもこの映画の売り物は、バンパイヤと人間のラブロマンスを描いた『トワイライト』シリーズのベラ役でスーパースターの座をつかんだクリステン・スチュワートが、「戦う白雪姫」を演じているという点です。シネコンでも「いかにも『トワイライト』のファン」という感じの女の子たちがたくさん来ていて、中には終わったところで拍手をしている子たちもいたぐらいでした。

 このスチュワートですが、デビュー作がデビット・フィンチャー監督の『パニック・ルーム』でのジョディ・フォスターの娘役だったわけですが、成長して後の顔立ちとか声の質などは、ジョディに良く似ているのです。ですが、今回の『スノーホワイト』でもそうなのですが、キャラ的にはジョディ・フォスターとは全く別物になっています。ジョディの売り物であった、エッジの利いたセリフの知性が感じられないということもありますが、『トワイライト』シリーズでもそうですが、クリステンの演技には全く気負いというものが感じられないのです。

 1962年生まれのジョディ・フォスターの場合は、代表作と言ってよい『告発の行方(原題は"The Accused")』にしても『羊たちの沈黙』にしても、女性=チャレンジャーという位置づけを背負っての演技であり、その気負いが彼女のセリフや所作を磨いていったし、監督たちもそうした彼女のキャラ作りを意気に感じていったわけです。

 ですが、1990年生まれのスチュワートに取っては、もう女性というジェンダーはチャレンジャーではないのだと思います。何よりもハリウッドは彼女のために、『トワイライト』5部作の最後の2本に関して、合計2500万ドル+出来高という途方もないカネをポンと払う、そんな時代になっているのです。

 ジョディのように、その知的なライフスタイルが尊敬を集めるということもない代わりに、スチュワートの場合は、同世代の女の子たちが感情を投影してくれる中で、実に「普通のキャラ」として自然体に振る舞えるわけです。この自然さというのは、女性がチャレンジャーであった際に強かった「フェミニズムという気負い」から、良くも悪くも女性たちが自由になったということなのだと思います。

 今、アメリカの10代の少女たちが「女の子が主役のアクション」に夢中になるのは、何も男性を徹底的にやっつけたいとか、肉食女子が狩猟女子に変身したとかいうことではないのだと思います。女性がアクションの主役になる、それがこの世代にはもう一点の曇りもなく自然なことなのでしょう。今年のハリウッドにおけるトレンドの背景にあるのは、そういうことだと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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