コラム

薄日の差してきたアメリカ経済、政局への影響は?

2011年12月05日(月)11時10分

 支持率低迷にあえぐオバマ、それに対して攻勢をかけるティーパーティー、民主党支持の若手は「雇用」と「格差」への怒りからデモを継続、その全てが「内向き」・・・今年、2011年の秋、アメリカの政界はそんなムードが固定していたように思います。固定というよりも、ハッキリ言えば「沈滞ムード」と言っても構わないでしょう。

 ですが、12月に入ってこの雰囲気に少し変化が出てきました。まず、アメリカの様々な経済指標が上向きになってきたということが挙げられます。11月25日の「ブラックフライデー」つまり感謝祭翌日の一斉バーゲン日の売上は、空前の「前年度比6・6%アップ」という数字、また翌週11月28日の「サイバーマンデー」という通販サイトのバーゲン日の売上は、速報値によると「前年度比20%アップ」と伝えられています。

 更に雇用統計も、労働省発表の11月の月次失業率では、8・6%と久々に9%を割り込む一方で、民間の雇用統計は更にハイペースの改善データとなっています。勿論、まともな社会では8・6などという数字はあってはならないのですが、ここ3年間のアメリカの感覚としては9%を大きく割ったということだけで、ホッとさせられてしまうのです。

 こうした動向は市場も好感しており、そうなると消費への動機も強くなるというわけで、ある種の好循環がそこには見られます。11月の25日とか28日にいい数字が出たというのも、それぞれの日に各小売なり通販サイトが「捨て身の投げ売り」をしたわけではないのです。私の観察によれば、11月25日の深夜零時からの時間限定バーゲンには掘り出し物が出ていたようですが、それ以外について言えば、11月第2週あたりが一番価格が安く、あとはギフトに好適なアパレルなどはジワジワ値段が上がっていったようなのです。

 つまり、25日や28日には「そろそろギフトを買おう」と思った客がモールやサイトへ行ってみたところ「思ったほど安くないが、もう買わないと品切れになる」という感覚で一斉に購買に走ったようなのです。ということは、消費者の購買力、あるいは購買意欲は相当に戻ってきていると見て良いでしょう。これは景気ということではいい兆候です。

 では、こうした動きは政局へはどう反映していくのでしょう?

 何と言っても有利になるのは現職のオバマです。2期目を狙う現職は、失業率が6%台に下がらなくては再選は不可能ということも言われており、そうした基準からすれば8・6%というのは、まだまだという感じはあります。ですが、本当に長い間9%台というイヤな数字を見慣れてきた中で、これが今後8・4になり、7・9になりという風に確実に改善されていけば、現職再選というムードはグッと強まるように思われます。

 仮にそうなれば、現在は厳冬期に入って常駐ではなくなった「占拠デモ」の若者たちの主張も「雇用の改善」から「格差是正」に重心が移り、もしかしたらオバマ政権の主張する「富裕層への課税強化」という政治的な動きと連動してくるかもしれません。その観点が、現在迷走中の「国を挙げての中長期財政健全化」というテーマと重なって、現実的な歳出カットと現実的な増税という具体案になってゆき、そうした選択への支持が中道層に浸透してくるかもしれません。

 一方の共和党ですが、ここ数カ月は「ロムニーが本命」という感覚が共有されつつも「ロムニーで勝てるのかという疑念」が払拭されないまま、まずリック・ペリーが、そしてハーマン・ケインが、そして今はニュート・グングリッチがという形でコロコロとトップランナーが変わってきたわけです。

 その中では黒人実業家のハーマン・ケインという人が、ティーパーティーの支持も含めて巧みな話術で人気を得ていったのですが、1992年の大統領選を前にしたクリントンのように、様々な女性スキャンダルが噴出し、撤退(本人は中断と言っていますが)に追い込まれています。では、ケインがダメなら本命ロムニーが浮上するかというと、そうでもなくて、現在はギングリッチです。

 共和党支持者はそんなにもロムニーが嫌いなのでしょうか? モルモン教という少数派宗教のバックグラウンドがそんなに心配なのでしょうか? 私は違うと思います。ロムニーが「中道実務派」であることが、どうしても「乱世」には相応しくない、「ロムニーでは勝つ自信が・・・」という躊躇の背景にあったのはそうした懸念だと思います。

 ですが、仮に経済に薄日が差してきたとすれば、選挙戦は「乱世」モードから「平時」へと変わってきます。そうすれば、ロムニー候補の浮上する可能性は高くなるように思うのです。その結果として徹底的に「平時の議論」が選挙戦を通じてできるようになること、まだ分かりませんが、そうした可能性が少し出てきたのではと思います。

 その「平時の議論」の結果として、財政再建への道筋が見え、来年中にも懸念される米国債の再格下げなどというのも杞憂に終わるようですと、米国の政治も経済も明るいムードに包まれるということになります。その可能性はあるのです。ですが、問題は時間がかかるということです。好転のスピードがスローだということです。アメリカに本格的な明るさが戻る前に、ヨーロッパなどから思い切り暗いニュースが飛び出すようですと、平時も何もあったものではありません。2012年はそうした時間の感覚を持って臨みたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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