コラム

時間をかけた妥協として完成した「9.11メモリアルパーク」

2011年09月12日(月)11時03分

 11日の日曜日は、9.11のテロ事件からの10年目ということで、アメリカではニューヨークをはじめ、各地で追悼の行事がありました。特にニューヨークの「グラウンドゼロ」では、オバマ大統領夫妻、ブッシュ前大統領夫妻が列席する中、弔鐘によって示される黙祷の時を6回はさんでお昼まで犠牲者氏名の読上げが行われました。その間に挿入された、音楽と詩の朗読も効果的でした。

 ブルームバーク市長は個人的な信念に基づいて、この10年間、式典から宗教関係者と政治的演説を厳格に排除してきており、今回はその点がずいぶん議論になりましたが、式としてはやはりこれで良かったと思います。オバマ、ブッシュの「朗読」については、オバマの方にはやや不自然な宗教色があり、ブッシュの方は実は詩ではなくリンカーンによる戦没者遺族への手紙を朗読するというものでしたが、この両者に関しては許容範囲だったのでしょう。

 追悼式の会場となったのは、この10周年と同時に完成された「9.11メモリアルパーク」の脇でした。遺族は一旦は追悼式の演壇前に集合し、式の進行に従って順に「パーク」に初めて入場し、施設の周囲に掘りこまれた故人の氏名を確認するということになったのです。そのエモーショナルな場面こそ、今回の式の一番重要な部分だったように思います。

 それにしても、パークの建設に10年を要したというのには、感慨深いものがあります。時間がかかったのは、世界貿易センタービル(WTC)2棟の跡地(=「グラウンドゼロ」)の開発に関して、遺族の間で、そしてNY市民の間で深刻な対立があったからでした。

 中には「瓦礫の山をそのまま保存せよ」とか「そのまま墓地に」などという意見もありました。一見すると政治的な復讐心が絡んだ極端な意見に見えますが、その背景には「悲痛な思いを風化させないため」とか「人類の醜い争いの象徴として」であるとか、深みのある理由を述べる人もいて、それはそれで真剣なものだったりしたわけです。

 瓦礫の放置とか墓地というのは極端に過ぎるとして退けるにしても、全体としては大きく分けて2つの考え方が衝突して調整は難航したのでした。1つは、「跡地は何もない静謐な追悼の空間にしたいからツインタワーの再建などもっての外」という意見、もう1つは「グローバルなビジネスに夢を追った犠牲者の思いを継承するはこの地に高層のオフィスビルを再建しなくては」という意見でした。保守とかリベラルという軸を越えた、世界観とか哲学のレベルで、この2つは絶対に相容れないと思われたのです。

 ですが、年月を経て1つの妥協が成立して行きました。それは、やや複雑なものでした。

 まず旧WTC2棟の跡地はメモリアルパークとして整備することになりました。メモリアルパークには255本の植樹と、WTC2棟の正確な場所に追悼の滝を建設。更に滝の周囲には、NYの被災者だけでなく、DCとペンシルベニア、93年のWTCテロでの犠牲者の氏名も全て彫り込むことになりました。

 一方で、グローバルビジネスの本拠として「屈服しない」ことを表すため、メモリアルパークの周囲に囲むように、「WTCワン」を皮切りに4棟のモダンなデザインのオフィスビルを建設(但しワンとフォーが先行、ツーとスリーは米国経済復調後)することにしました。その「WTCワン」は旧WTCとほぼ同じ高層、但し旧ビルを連想させないよう八角形の断面を持ち、単独の建物としたのです。つまり、「ツインタワー」というイメージを連想させないデザインです。

 その結果として、テロに屈服せずに「ビルを再建する」目的と、旧WTCの敷地を追悼の空間にという目的の2つを果たした、見事な妥協としてこの場所は整備が進んでいるのです。ちなみに、工事に10年を要し、それでも「WTCワン」はまだ未完成という進捗状況については、妥協に時間をかけただけではなく、作業を進めながら犠牲者のDNAが出てこないか慎重な調査を並行したからだと言います。10年というのは、そうした重さも背負った年月だったわけです。

 勿論、跡地の整備に関しては、近隣の「イスラム文化センター」建設をめぐる賛否両論に引き裂かれたり、今年の5月にはオバマが「ビンラディン殺害報告」の献花にやってきたり、色々な波紋を呼びながらの10年、この年月にはそうした複雑な記憶も刻まれています。

 ですが、昨日、2011年9月11日、幸いに厳かな滝と地下深く掘られた池の創りだす空間は穏やかな天候に恵まれました。つい2週間前のハリケーン上陸の際には、この池が浸水するのではという懸念もあったのですが、それも大丈夫だったわけで、そのことも本当に良かったと思います。この日、池の周囲に掘られた故人の氏名に静かに対面している遺族の姿は、その静けさ自体が1つの「節目」でした。

 アメリカは、この10年間に軍事外交と経済政策を誤ることで、結果的に「9.11を契機とした衰退」の道を歩んでしまいました。今回の一連の行事での政治家の言動にも、またメディアの特集的な扱いでも、そのことへの反省が全く欠落した「10周年」になっています。そのことには落胆せざるを得ません。ですが、とりあえず「グラウンドゼロ」の整備と再開発で見せたNYの街の合意形成のちからには、ある種の希望を感じるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story