コラム

「殺害命令」の責任を背負ったオバマとどう向き合ったら良いのか?

2011年05月13日(金)12時05分

日本に来て強く感じるのは、ビンラディン「殺害」の責任を言明したオバマへの冷え切った視線です。核兵器廃絶を叫んだオバマに喝采がされ、似た名前の都市がダジャレのように歓呼を送った日々はまるで嘘であったかのようです。それどころか、オバマ個人への批判というより、アメリカという国への落胆と忌避のような感情すら感じるのです。国際法を無視し、法廷で裁くこともせず「一方的に殺す」国であり、結局オバマも「同じだった」、そんな感覚でしょうか。

日本人の死生観や倫理観からすれば、それは自然なことだと思います。私には勿論理解できるし、ある程度は予想していました。ですが、日本に来てみて、ここまでの反発がある、しかも「これで世界の反米感情が加速する」とか、「ノーベル平和賞は返上すべき」という強い違和感一色であるのにはやはりショックを感じています。

この分では、今後オバマが来日しても「核廃絶のメッセンジャー」として歓迎したり、いつの日か広島で献花をしてくれるのでは、という期待を持ったりということもなくなりそうです。

では、日本人はこれからオバマとどう向き合って行ったら良いのでしょうか?

一つは、オバマに「殺害命令」の責任を背負わせた、アメリカ保守派の屈折を、受け入れるとまでは行かなくても、理解するということです。

今回、アラバマ州での悲惨な竜巻被害や、ミシシッピ川の大洪水に見られるように、アメリカの中西部の自然は過酷です。その過酷な自然と戦って開拓を続けた先人たちの記憶は今でもこの地方の人々の価値観には染み付いているのです。更にその奥には、原住民の殺戮者、奴隷の使用者として断罪を受け、名誉を否定された屈辱の記憶が影を落としています。

そのような彼等には、黒人であり、またイスラム教徒のケニア人を父に持つバラク・オバマという人間はどうしても、自分たちの代表とは認められなかったのです。もっと言えば、オバマという人間が大統領である限り、自分たちは見下されているという感覚、守られていないんだという感覚が消えなかったのです。

人種の和解をスローガンに掲げて当選したオバマという存在そのものが、自分達のアイデンティティーを否定し、踏みにじるものだという理屈抜きの実感とでも言いましょうか、とにかく他でもない合衆国大統領を自分達の代表とは認めることができない、中西部を中心とした「半分のアメリカ」には、そうした本能的な忌避の感覚があったのです。

その忌避の感覚に加えて、リーマンショック以来の不況下に、民主党政権が財政出動を続け、財政赤字を拡大したことへの憎悪と不安感が重なって行きました。サラ・ペイリンに代表されるティーパーティーの運動の原点はそこにありました。そに結果として、アメリカの政界は激しい分裂の季節に入って行ったのです。

オバマの決断は、その結果でした。自らが「殺害命令」の責任を背負い、ある意味では国際社会や国際法に背を向けることで、彼は「もう一つのアメリカ」からも「自分たちの代表」という認知を受けたのです。

バラク・オバマという、誰よりも「国際法上の問題点」を理解していたと思われる人物が全責任を負ってこういうことをやらなくてはならなかった、そこにアメリカの病理があり、オバマの宿命があった、この事件は、そのような構造として評価するしかない、私にはそのように思えます。

もっと言えば、多様性と人権、先進国中最高の出生率を誇る国民性など、アメリカの眩しいまでの明るい面と、暴力性と孤立感に歪んだ闇の部分、その光と闇の双方を抱え込もうとしているオバマという人間の存在感は、とにかくそういう人がいるんだとして、認めるしかなうように思うのです。報道の直後に申し上げた「政治的怪物」という形容は、より正確に言えばそういうことになると思います。

もう一つは、時間を与えてやって欲しいということです。現在のオバマ外交は、ビンラディン殺害を受けて、報復(便乗)テロを防ぎながら、アラブ圏における民主化運動に落とし所を見つけ、併せてハマスの「無害化」を軸とした中東和平の前進ということで手一杯の状況です。また、パキスタン情勢で現状を維持するのも大変です。ですから、長期的な核廃絶といったメッセージ発信の外交に戻るのは、恐らくは2012年の選挙に勝ったその後と考えていると思われます。

オバマは「100パーセントのダークサイド」に行ってしまったように見えるかもしれませんが、とにかく最終的な評価を下す前に時間的猶予を与えて欲しいとも思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、FRB次期議長の承認に自信 民主党の支

ワールド

エプスタイン文書追加公開、ラトニック・ウォーシュ両

ワールド

再送-米ミネソタ州での移民取り締まり、停止申し立て

ワールド

移民取り締まり抗議デモ、米連邦政府は原則不介入へ=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 2
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 3
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」から生まれる
  • 4
    世界初、太陽光だけで走る完全自己充電バイク...イタ…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「着てない妻」をSNSに...ベッカム長男の豪遊投稿に…
  • 7
    日本はすでに世界第4位の移民受け入れ国...実は開放…
  • 8
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    日本経済を中国市場から切り離すべきなのか
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 5
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 6
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 7
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 8
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 9
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 10
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story