コラム

「コミュニケーション能力」への誤解が生む悲劇とは?

2011年01月26日(水)11時29分

 毎日新聞の電子版に、湯浅誠氏のインタビュー記事が出ていました。タイトルは「『学力のすすめ、資格で自己防衛を』というものです。私は湯浅氏の活動姿勢には誠実なものがあるし、活動を通じて得た現状認識をベースにした問題提起には、注目すべきだと思っています。ですが、この記事、特に以下の部分には引っかかるものを感じたのも事実です。

「(前略)これまで日本の社会では、学校で点数をとる勉強をしていれば、卒業式が終わると自動的に企業が引き継いでくれて、社会人として一から育ててもらえた。『パイプライン』がつながっていたんですが、そこに『穴』があいてしまった。」
――「穴」から落ちてしまう子がでてきたんですね。
「落ちないためにどうすればいいか、具体的な知恵が必要なのに、学校も企業も『コミュニケーション能力』とか『生きる力』など、抽象的なことしか言えない。子供たちにしてみたら、どうやって身につけていいかわかりませんよ。非常につらいと思いますね。もっと具体的に、高校、大学で、このスキルを身につければ通用すると、明確に示せる社会にしなければなりません。」
「しかし、実際には社会がすぐに変わるわけではないので、子供にとって一番わかりやすい方法は資格をとることです。自己防衛としてはやむを得ないでしょう。(以下略)」
(2011年1月25日掲載、聞き手は岡礼子記者)

 同様の発言は、「「生きづらさ」について」という雨宮処凛氏と萱野稔人氏の対談(光文社新書)にも出てきます。この本の中で、萱野氏からは日本の産業が「工業中心の社会からコミュニケーション中心の社会に」転換しているという重要な指摘があるのです。にも関わらず、対談の流れの中で「コミュニケーション」というのは「空気を読んで過度に同調する」能力を要求される「高度な」ものであり、例えば萱野氏が生活していたフランスでは「もっとストレート」だったという言い方で、「コミュニケーション能力」が重視される社会に対して批判的な論旨が展開されています。

 湯浅氏、雨宮氏、萱野氏の認識を整理してみると、(1)日本の産業界は「コミュニケーション能力」を要求する、(2)だがその内容は曖昧だし実際には「過度な同調」を要求する非合理なもので、それが「生きづらさ」になっている、(3)海外のようにもっとストレートなコミュニケーションが行われるべきだが、周囲の変化を待つわけにもいかないので資格を取って自己防衛するしかない、というのが主張の流れになるようです。

 問題は「コミュニケーション能力」というものへの誤解です。まず確認しておきたいのは、学校の世界などに見られる「仲間うちの空気を読んで同調し差異を押し殺す」ようなコミュニケーションというのは「高度」ではないということです。会話の前提条件となる情報が共有化されていることで、省略表現や暗号などが頻繁に使われているスタイルであるだけであって、内容のほとんどは予定調和ですし、利害関係を受け止めて調整するスキルもなければ、転校生や外国人などの「異なった存在」の受け入れ能力にも欠けるわけで、コミュニケーションとしては非常に幼稚です。

 物事を語るには事実を確認しなくてはいけないとか、因果関係を考えるとその結論は違うのではないか、といった思考法を持つ人には、確かに合わせるのにはバカバカしくて苦労するかもしれません。その苦労もあるレベルを越えているのであれば、笑い事ではないのは分かりますが、そもそも「場の空気」の「同調圧力」にタダ乗りしただけの会話のほうが高度だというのは間違っていると思います。

 次に、企業社会の組織内コミュニケーションであるとか、接客や営業のトークなども「同じように同調圧力に屈する会話」であり、とても辛いものだというイメージがあるようですが、これも違うと思います。土下座して謝れば済んだり、人格を否定するようなパワハラに耐えるというのは過去のものになり、現代の社会は、そんなことをやっていては「成り立たない」世界になっているのです。例えば、接客や営業では理不尽な「モンスター」的な客に対してひたすら耐えるようなコミュニケーションが求められるように錯覚しがちですが、現実の商取引というのは膨大で詳細な事実認識と法的な契約の枠組みの中で進むことがほとんどです。

 そうは言っても、企業は「コミュニケーション能力」を要求してくるわけで、雨宮氏の本などを読んだ若者は「コミュニケーション能力を試されるシュウカツには反対」などと言っているのですが、ここにも誤解があります。現在の社会が求める「コミュニケーション能力」とは「空気同調能力」でもなければ「理不尽へのストレス耐性」でもありません。それは、複雑な利害関係で成り立っている現代社会において「自らがコンフリクトの結節点に立ち」「コンフリクトの構造を理解し」「コンフリクトの調整に必要な、正確で迅速な情報流通の司令塔になる」という態度と能力のことを指すのです。

 これは日本だけではなく世界共通であり、民間の大企業や中小企業だけでなく、自営業でも、役所でも、NPOでも、宗教団体でも、芸術家集団でも全く変わりません。逆にこうした「有機的で高度な情報処理」以外のスキルは定型化されて廉価な労働になるか、もしくは機械化されているのが現代という時代なのです。例えば、湯浅氏の言う「資格」を取っても、今のお客さんは専門家として自動的に尊敬はしてくれません。コンフリクトの解決に寄与するためのコミュニケーション能力がなくては、資格があっても食べていけない時代なのです。医師や公認会計士でもそうです。

 私は雨宮氏や湯浅氏の言う、若者の「生きにくさ」という漠然とした印象論には一定程度の同情も感じますが、その「生きにくさ」の本質は「コンフリクトの結節点に立つ」スキルの必要性を、公教育が全く教えてこなかったことにあるように思います。湯浅氏の言う「必要なスキルを明確に」というのは正論ですが、コミュニケーション能力こそ、その中でも最重要なものです。もう一つ、萱野氏の言う「海外では(この場合はフランスですが)もっとストレートだ」というのも、誤解が混じっていると思います。相手への敬意表現や、ネガティブ表現の忌避レトリックなどは、例えば英語でも当たり前であって、"I want something." とか "Give me something." などという相手を相手とも思わぬ「ストレート表現」は不自然だからです。

 いずれにしても、誤った「コミュニケーション能力観」が横行する中で、論理や事実を重んじる資質を持った若者を人間嫌いに追い詰めるのは間違っています。危機的な日本の経済・社会を救う希望は、むしろそうした資質に期待すべきであるのに、周囲も本人たちもそうは思っていない、これは悲劇以外の何物でもありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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