コラム

アフガンに金鉱? アメリカはどうして発表したのか?

2010年06月18日(金)12時17分

 6月15日の火曜日、アメリカは突然アフガニスタンに金鉱があるという可能性を発表しました。金鉱だけでなく、レアメタルも色々採掘の可能性があり、潜在的な埋蔵価値は92兆円に達するというのです。その後に追って詳しい発表がなかったこともあり、何とも唐突な発表という印象が否定できません。では、アメリカは何の意図があって、こんなことを言い出したのでしょうか?

 1つは、いい加減にカルザイ大統領を中心に国をまとめろ、つまり群雄割拠している軍閥連中は日和見を止め、タリバンは過激な部分を切り離してカルザイ体制と妥協せよ、というメッセージ、そんな可能性です。巨額な利益をもたらす産業が発展する可能性があるのなら、喧嘩している場合ではないだろう、という感じでしょうが、果たしてこの程度の発表で「ならば紛争を止めて鉱山を掘ろう」という風にアフガン国内の空気が変わるでしょうか? 92兆円というのは巨額ですが、「今そこにある」対立エネルギーや、対立があるがゆえの利権に打ち勝つような説得力のある話とは思えません。

 もう1つは、アメリカ国内の世論対策です。巨額な経費と膨大な人的犠牲を伴った作戦の帰結として、鉱山利権が得られるのであれば批判がかわせる、そんな計算です。ですが、これもリアリティーはありません。アフガン戦争に対して批判を強めているリベラルのセンチメントは、「倫理的な側面でのアメリカのイメージが失墜している」ことにあるので、利権を貪ることには反対のはずだからです。一方の戦争推進派も「貴重な米兵犠牲をムダにするな」という強い思いを抱えていますが、これも「勝利」という名誉を欲しているのであって、金鉱の利権では納得しないと思われます。

 ということは、アメリカがこの時期に「アフガンに金鉱」などという発表をしたのは、金鉱やレアメタルに飛びつきそうな「ある国」を意識している、そう考えるのが妥当なように思います。その国とは勿論、中国です。中国という国は、ハイテク製品の大量生産を経済力の根本に据えている現状から、膨大な量のレアメタルを必要としています。そして、様々な形で世界中に資源を求めて進出しています。その中国が、新彊ウイグルと国境を隔てただけのアフガンに大量のレアメタルがあると聞けば、飛びついてくるのは間違いないでしょう。一部の報道によれば、中国系のビジネスマンは既にアフガン領内で様々な形の経済活動を展開しているようです。

 では、アメリカはアフガンを「中国に任せる」というシナリオを持っているのでしょうか? そう単純なものではないと思います。何と言ってもアフガンには、これまでアメリカは巨額な軍事費と援助を投下してきています。そのアフガンをみすみす中国に渡すことはできないはずです。また、仮に中国の影響力がアフガンからパキスタンに及ぶようですと、米国の完全な同盟国と言って良いインドは、既に中国の勢力下にあるミャンマーと挟撃される形になります。少なくとも、アジアにおける冷戦が100%清算されていない中で、アメリカはライバルである中国にはそこまでメリットを与えることはできないと思います。

 そうではあるのですが、先週のカンダハール郊外の攻防戦では、いまだにタリバンのゲリラ戦での戦闘能力は衰えていないことが明らかになりました。ここまで増派を決断したり、様々な形でブッシュの始めたアフガン戦争を継続してきたオバマやヒラリーにしても、これ以上の膠着状態継続というのではなく、何らかの新機軸を考え始めている可能性は十分にあります。その中で、現在は民間ベースに限定されている中国をアフガンへの関与へとジワジワと引き寄せようとしている、選択肢の1つにはそうしたシナリオがあって、その延長で「金とレアメタル」で中国の関心、政権上層部だけでなく中国世論の関心も引きこもうとした、そのような可能性もあるように思います。丁度、今月上旬には胡錦涛主席が中央アジア歴訪を行って、中露に中央アジア4カ国を加えた「上海協力機構」の結束を確認してきたところです。もしかしたら、その場でアフガン問題への対処が話し合われたかもしれません。

 その一方で、カルザイ大統領は現在日本を訪問中で、日本ではアフガン復興会議が行われているようです。こちらの方は、アメリカや中国とかの複雑な動きとは別に「純粋に援助の話」としてカルザイ大統領としては儀礼を尽くそうとしているようで、日本の当局も「金やレアメタルが出たらアフガン復興のために使うべき」というメッセージを出しているだけです。ただ、そんな日本の「純粋な援助の話」も中央アジア歴訪をした胡錦濤、金鉱があると謎の発表を行ったオバマ政権、依然としてタリバンの穏健派との「手打ち」を模索しているカルザイという「一筋縄ではいかない」プレーヤーが動いているのと「全く同時のタイミング」だということを考えると、これまでの枠組みとは様子が変わってきたように思います。

 今後カルザイは米中とタリバンの複雑な駆け引きの中で、アクロバット的な政治的延命を考えていると思います。一方で、アメリカは今言われている撤兵計画通りに行くかは分かりませんが、何らかの大義名分を掲げてアフガンから手を引くタイミングを探っているのは間違いありません。中国は、長いシルクロードの歴史の中で、アフガンの地に手を出したことはないし、ウイグルの問題を抱える中でアフガンのトラブルを背負うことには消極的な面と、レアメタルやインド包囲のメリットに目がくらむ中で、今後色々な形で揺れていくことも考えられます。

 そう考えると、もしかしたら今回の「金鉱」ネタの唐突な登場は、複雑にもつれたアフガン問題が、また別の複雑さを背負って異なったドラマへと向かう契機になるかもしれません。そう考えると、日本の外務当局の出した「鉱山開発はアフガン復興のために」というメッセージは、少なくとも至極真っ当なものだということが言えると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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