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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「スシ文化」のソフトパワー防衛戦略
先週末から日本に来ていますが、今回私が驚かされたのは、クロマグロの禁輸問題に関する議論です。どうやら、そこには対立軸があるようで、それは、禁輸を阻止できたのは中国がアフリカ票などと共に一斉に反対に回ったためであり「中国様々」なのか、それとも赤松農水相以下の民主党政権の外交成果なのか、という「対決軸」があるようなのです。仮に「中国のおかげ」だとして、そのように「中国ルール」に飲み込まれていくのは怖いと考えるのか、別に良いじゃないかと考えるかという分裂もあるようで、都合3つの解釈があることになります。
私が驚いたのは危機感のなさでした。今日現在「スシ」に代表される日本の食文化は、欧米、例えばアメリカではブームが続いています。食文化だけでなく、マンガやアニメ、テクノロジーといった「クールジャパン」への好意的な視線も、決して衰えてはいません。ですが、このまま放置しておけば、クジラにイルカ、政治の停滞、家電でのシェア喪失など、日本に関する個別のネガティブ情報の集積として、そうした「日本ブーム」が消えていく可能性があります。
その中でも、クロマグロの問題は「スシ文化」の中核にあるだけに、非常に扱いが難しいように思います。一歩間違えば、全米の「スシブーム」が一気に冷え込む危険を秘めているからです。私はこのことはかなり危険なことだと思いますが、もしかしたら世論の中には「それはそれで結構だ。そもそも全世界のマグロ消費量が減った方が、日本の消費量は確保できる。第一、変なガイジンが築地で我が物顔に観光していたのはウルサかったし、日本に対してエキゾチックに興味を持たれても嬉しくも何ともない」という空気があるのかもしれません。
ですが、寿司ブームが終わるというのは、仮にそうなったとしたら日本社会にとっては大きな損失だと思うのです。日本への観光客も減るでしょうし、在外日本人・日系人などでフード・ビジネスに関わっておられる人々は打撃を受けるでしょう。それだけではなく、日本国外で日本の食文化への尊敬が消えれば、ビジネスで海外に出張したり、赴任したりした人が、各国の文化の中に入っていきながら、日本文化について紹介してゆく貴重なツールがなくなることになります。
それ以前の話として、今日現在これだけの影響力を持っている「日本の食」というソフトパワーを失うことは、広義の日本の国力の低下をもたらします。放置してはならないことです。また、この問題は日本の「対外アイデンティティー」の混乱にもつながります。「寿司という健康食の文化」が「環境や自然保護という国是」に重なり、それが宮崎アニメやエコカー文化と重なってくる形で、日本のソフトパワーがビジネスの成果につながっていく仕組みがあるのですが、それが失われることにもなります。
私は「中国ルール」に依存して、欧米に対抗して「クロマグロ規制の先延ばし」を続けるのは非常に危険なように思います。その結果として文化摩擦が拡大し、マグロが食べられなかったり、通商関係全般に影響が出るのが怖いのではありません。それ以上に「絶滅危険動物への冷酷な態度を取る国」というイメージが一人歩きすることで、日本が必死に打ち出そうととしている環境イメージとの分裂が起きる、そして欧米から「日本叩き」ではなく「日本への関心の急激な低下」が起きるのが怖いのです。
このまま流れに任せておけば、海外の寿司店で「気がついたら客足が遠のいていた」、あるいは日本国内では「折角インフラを整備したのに外国人観光客が伸びない」という状況に追い込まれる危険性は十分にあります。いつのまにか、宮崎アニメや日本のエコカー技術への国際的な関心が消えてしまう、そんな展開もあり得ます。クロマグロに関しては、本当に目に見える形での資源管理をしっかり行うべきですし、寿司文化の中にもマグロを中核に据えるのではなく、代替品や他の魚、あるいは野菜料理などに巧妙にシフトする中で「寿司文化のマグロ依存」からの脱却を模索する必要もあるでしょう。
それでも、海外のそれぞれの寿司店での努力には限界があります。やはり、イルカやクジラなどの問題も含めて、もう少しケンカ腰ではない方法で、資源管理の説得力ある体制を組むことが必要だと思います。寿司ブームの今後に関しては、そんなわけで楽観は許されないのではないでしょうか。少なくとも「中国ルール」に乗っかって禁輸がストップできた、などと喜んでいる場合ではないと思います。
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