コラム

グーグル問題でオバマはどこまで「本気」か?

2010年03月26日(金)11時17分

 本コラムの1月15日のエントリでお話した、中国当局とグーグルとの論争は、中国側が一歩も退かない中でグーグルも「検閲拒否」の主張を貫き、中国本土内での検索サービスから撤退することになりました。今後グーグルは同等のサービスを香港から提供することになり、中国政府との争いは本土と香港の間での接続妨害という形で今後も続いていくことになると思われます。

 この問題では、グーグルの姿勢にはオバマ政権の支持があったのは明らかです。この間のオバマ政権は、ダライ・ラマとの会談を行い、また台湾へのPAC3等防御的兵器の供与を行うなど、中国との緊張を高めているようにも見えます。では、オバマはこの問題でどこまで「本気」なのでしょうか?

 3点指摘したいと思います。

 まず「民主党のアメリカ」は親中、「共和党のアメリカ」は親台湾という対立構図がひっくり返ったということです。F・D・ルーズベルトのスターリンとの同盟以来、90年代のビル・クリントン政権までは、漠然と民主党は容共、共和党は反共という図式の延長で来たのですが、ここへ来てオバマ政権はハッキリとこの対立軸を組み替えてきたということです。

 背景にはブッシュ政権の米中蜜月にあった「理念は同床異夢だが、米国債や通商と軍事では利害が一致」というマキャベリズムへの反動があると思います。また、中国が共産主義とは名ばかりで、大衆拝金主義を抱えた巨大な開発独裁に変容した、もうリベラリズムの延長では理解できないという認識もあるでしょう。

 私の近所のビジネスマン達に聞くと、税金が嫌いで共和党支持の人に限って「中国出張は食事が楽しみ」とか「中国の温家宝は人格者でみんな言うことに従っている」などと平気で言いますが、民主党系の人になると、かなり親中派の大学教授などでも「ここまで経済成長したのに、アナクロな情報統制を続けるのには絶望した」というようなことを言います。とにかく共和党=親中、民主党=嫌中というように軸がひっくり返っているのは事実です。

 2点目は、言論の自由などの「価値観外交」への本気度です。アメリカがこうした姿勢を見せると、過去の人権外交、反共十字軍(古い言葉ですが)などを思い出してしまいます。そこにあるのは、原理主義ともいうべき一方的な価値観の押しつけであり、恫喝にも似た横柄な口調であり、軍事戦略と連動した覇権主義でした。もっと言えば、悪玉を決めつけて武力で威嚇するための口実に理念的な物言いがあったとすら言えます。

 ですが、今回の「中国への圧力」は少しニュアンスが違うと思います。それは、中国がこれ以上の経済成長を続けるには、物真似ではなくソフト産業も含めた高付加価値創造のための自発的な文化が必要だし、これ以上消費を拡大するには同じように目の肥えた自立した消費者が必要、また食の安全など短期的利益と社会正義を両立するには厳罰主義ではなく自由なジャーナリズムが必要、という極めて実務的な観点から、堂々と外圧をかけてきたのだと思います。

 中国の自由化、民主化が革命や内戦といったハードランディングではなく、漸進的なソフトランディングでなければいけないという前提に立って、それでも必要なキッカケ作りの第一弾として、とりあえず言いたいことは言っていくという認識とも言えるでしょう。

 第3に、ではどうしてそのような価値観論争と同時に台湾への武器供与を行うのか、そこには覇権主義や軍事利権があるのではないか、という疑問があります。ですが、ここでもオバマは、過去のアメリカのような愚を犯すことはなさそうです。つまり、あくまで抑止型のバランス思考であり、東シナ海での、あるいは台湾海峡での中国軍のプレゼンス増大に対するバランス維持のためのテクニカルな対策として、タイミングを計っていただけだと思います。

 以上の3点から、オバマの姿勢は「十分本気」であるけれども極めて冷静で実務的なものだと言って良いと思います。中期的には李克強、習近平という次期リーダー候補に対して、キミ達の世代になったら、確実に中国の社会を一歩ずつ解放に向けて進めてくれ、そんなメッセージだとも言えるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ヤム・ブランズ、ピザハットの売却検討 競争激化で

ワールド

EU、中国と希土類供給巡り協議 一般輸出許可の可能

ワールド

台風25号がフィリピン上陸、46人死亡 救助の軍用

ワールド

メキシコ大統領、米軍の国内派遣「起こらない」 麻薬
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 10
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story