コラム

基礎工事の終わっていない日米同盟

2010年01月12日(火)14時43分

 今年2010年は、日米同盟の50周年に当たります。現在では、日米の間に深刻な通商摩擦はありませんし、普天間の問題を別とすれば、軍事外交問題について日米関係をどうするかということについて、国論が分裂するということもありません。ですから、個別の問題は別として、2国間関係としては安定し世論にも支持がされているのは間違いありません。

 ですが、この同盟が作られて定着するまでの長い時間、特にその前半はたいへんに不安定なものでした。例えば、来週の1月19日には日米安保条約調印50周年を祝う行事が予定されています。ですが、その50年前の1960年1月19日というのは、当時の岸信介首相がワシントンで、アイゼンハワー大統領と「安保条約の調印」を行ったというニュースが伝わると、日本国内では猛然と非難が起きたのでした。それから6月19日に「審議未了、自然成立」という形で変則的に条約が批准されるまでの日々は、正に日本社会は激動したのです。

 特に6月には、国会を大規模なデモ隊が取り囲む中で強行採決が行われ、結果的に東京大学の学生が圧死するという事件が起きています。1960年の6月という日付、そして「安保(アンポ)」という言葉の響きには、今でも暗いイメージが残ってしまっています。それは、軍事同盟への反発というよりは、アメリカがパワーポリティクスだけを前面に出して、日本の民意を無視するような悪玉を演じ、日本の当時の岸政権もまるで途上国独裁政権のように専横的な意志決定をした、そうした記憶が主であると言えるでしょう。

 最近は、日米ということでは核持ち込みの密約問題が話題になっていますが、これも同根です。被爆国の世論が持ち込みを許容しないのを理解して欲しい、だからアメリカも情報を隠すのに協力して欲しい、そのような日本の政権の姿勢は、パワーバランスや抑止力の議論からは正当化されるものであっても、やはり政権と世論の関係としては最悪のものに属するのです。

 冷戦という力の対峙に巻き込まれる中で、日本は経済的政治的なメリットを享受したのも事実です。ですが、この安保批准のプロセス、そして核持ち込みの問題などで、明らかにアメリカが当時の日本の民主主義を理解するのではなく、却って邪魔者のように扱ったのも事実です。実は、この悪しきパターンは、韓国やフィリピンで行われてその後否定されたもの、また今現在もイエメンやアフガンで繰り返されているものと類似だとも言えるでしょう。

 私は、日米が同盟50年を祝うのであるならば、そこではこうした軍事外交の問題に関して、明らかにアメリカが日本の途上国型独裁プロセスを利用した過去の反省をすることが必要だと思います。他でもない同盟国の、他でもない主権者である民意をかつてほぼ100%否定して蹂躙したという過去は、正当化したり忘れ去ることはできないからです。

 では、1960年に「安保反対」を叫んだ日本の民意に反省は必要ないのでしょうか? 飛んでもありません。安保条約に反対するということは「民主主義を重視せよ」とか「戦争に巻き込まれたくない」という「素朴な願い」だけの運動ではなかったのです。それはパワーポリティクスとしては、当時のソビエト=中国の利害を後押しするという効果を生みました。反対運動はそれも分かっての運動だったのです。アメリカが一方的な態度で来るならば、その敵方である「共産陣営」が善玉に見えてしまうのは一種の必然かもしれません。また当時の貧富の格差の残る社会では、社会主義に魅力を感じる世論が相当にあったのも事実です。

 ですが、こちらの方もその後の「50年」の歴史でほぼ全否定がされています。中国はその後、文化大革命という破壊の時期を経験しましたし、ソ連は東欧圏での民主化潰しやアフガン侵略など様々な行動の結果、自滅に至っています。計画経済が官僚への権限集中を生む中で権力が腐敗するばかりか、経済成長も失敗して食糧調達もできなくなるなど、ソビエトの壮大な実験は失敗に終わっています。その意味で、1960年代に「革新」とか「進歩」の立場だと思われていた世論の方も、大きな反省が求められているように思います。

 日米同盟はまだ全く基礎工事が終わっていない、50周年に当たっての私の感想はこれに尽きます。アメリカと当時の自民党政権は途上国独裁型の非民主的手続きに走ったことを謝罪すべきですし、安保反対を叫んだ政党も当時漠然と社会主義への幻想を抱いていたことを反省すべきだと思います。

 思えば、冷戦期の日本政治とは、保守という名の「途上国型疑似独裁」と革新という名の「社会主義陣営への漠然とした憧れ」がバランスをしていただけの貧困なものでした。そこには具体的な政策論争の有効性や、国内の利害調整をオープンに行うという本来の民主主義はなかったのです。そのように貧困な冷戦の論理から、日米関係を価値観を共有した健全で活力のある民主主義と自由経済の同盟に深化させていく、そうした基礎工事はまだできていないのです。普天間の問題も、これに尽きると思うのです。

 その意味で、ヒラリー・クリントン国務長官以下のアメリカの実務当局者から出ている反発や指摘に対して、日本の政権当局者は1つ1つ丁寧に説明をする必要はあるでしょう。また世論に対しても、「親米=米国盲従」「反基地=中国追従」などという極端な選択肢ではなく、現実的で実務的に有効、つまり地域の安定のための抑止力を最大にしつつ、地元の負担を最小にするために最善の決定を実務的に行う、そのための情報公開を行うべきだと思います。その作業に誠実さが見られれば、それが遅ればせながら日米同盟の基礎工事になるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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