コラム

日米航空路線の今後

2009年06月22日(月)14時31分

 所用で日本に滞在し、丁度週末にかけてアメリカに戻ってきたところです。成田もニューヨークのJFK空港も閑散としていましたが、ロングアイランド鉄道を使って一旦マンハッタンに入ろうとすると、土曜日の午後を都会で過ごそうという人で満員でした。アメリカの景気は少しずつ戻りの勢いをつけているようです。

 ところで、丁度成田を出発する際に、隣のゲートにシンガポール航空の巨大新鋭機エアバスA380が駐機していました。少々流行遅れの話題で恐縮ですが、私は実機を至近距離で見たのは初めてです。その大きさもそうですが、前から見た時に巨大な主翼が描く曲線美が大きな水平尾翼と重なって、いかにも空気の密度に乗っかって大きな揚力を出しそう、そんな安心感を感じさせるデザインでした。勇姿というより、優美な姿と言ってもいいでしょう。

 そうは言っても、史上初の総2階建てという巨大機です。上級クラスには大きな居住空間を充てているために、総座席数は471ということですが、普通の3クラス配置で555席、全席エコノミーでは800席という大変な輸送力を誇るそうですから、今日ただいまの状況では真価を発揮するのはムリでしょう。とにかく、現在は金融危機と新型インフルエンザで航空業界は厳しい時期が続いているからです。ですが、やがて国際貨客の需要が戻ってくる頃には、各航空会社とも航空機の世代交代を進めることになるのは間違いありません。その際に候補となる新世代機が、このA380と、今月試験飛行が行われる(らしい)ボーイングの中型省エネ機787です。

 例えば全日空などは、北米路線に経済的な787を飛ばして主要路線で1日2往復の体制を取るか、あるいはA380を導入して1往復の大量輸送体制とするかを検討中という報道がありました。ここで、一日2往復ということになりますと、そこには羽田の24時間化と深夜の国際便の導入という問題が絡んできます。この問題に関してですが、利用者の1人として少し意見を述べてみようと思います。

 まず1日2往復とか深夜便の可能性ですが、何となく利便性が高まるようにも思えますが実際はどうでしょうか? まず西行きについて言えば、現在ニューヨーク=成田線の場合、ほとんどのフライトはNYお昼前後発、成田午後4時前後着というスケジュールになっています。丁度丸1日(カレンダー上は日付変更線があるので2日)つぶしての移動ということになります。

 例えば、これを早めて、成田に着いてからせめて東京で午後の会議には出席できるようにするとしたらどうでしょう。東京都内で午後にまともに仕事をするためには、ホテルでの着替えなどを考えると成田に午前9時には着いていないといけません。フライトタイムと時差を考えると、NY発は7時、空港には午前5時には到着して・・・これはちょっと非現実的です。日本出張のビジネスパーソンはともかく、日本からアメリカへ観光で来る人に最終日は午前3時起床というのは酷な話です。

 では、逆の発想でNYで夕方まで仕事や観光をして、遅い便で日本へ向かうというのはどうでしょう。例えばマンハッタンで軽く夕食をとって午後7時まで島内となると、間に合うフライトはJFK発午後10時、その場合は羽田に深夜着が可能として午前0時になってしまいます。羽田から先の公共交通機関がこれでは使えません。仮にバスとタクシーということにしても、都心のホテルに入るのは午前2時過ぎ、これでは翌朝は朝から動けません。

 どうしてこんなことになるのかというと、NYから東京というのは、偏西風に逆らって飛ぶ西行きのフライトの場合は13時間前後がかかり、更に時差が13時間(夏)、14時間(冬)プラスされてしまうからです。逆の東行きの場合はこの要素は少ないので、今でも米系の航空会社は成田夕方発のNY夕方着、日系は成田午前発のNY午前発と「訪問先国での滞在時間を多く」するよう変化を持たせていますが、西行きは選択の範囲が狭いのです。「まともな」時間に出て、「まともな」時間に着くためには、スケジュールに限りがあり、深夜枠とか1日2便のメリットは薄いからです。

 遙か昔に超音速機コンコルドを日本航空が仮発注をしておきながら導入を見送ったのも、環境問題以前にこの問題、つまり時差のためにスピードのメリットが出ない、ということがあったのだと思います。787も魅力的な飛行機ですが、この際中型機を2便飛ばすよりは、日米路線には巨大機A380が1日1往復のスケジュールで悠然と飛行する、その方が理にかなっているのだと思います。勿論、ボーイングもA380に対抗すべく、747の次世代機747-8(ダッシュ・エイト)を準備しているそうで、最終的にはこの2機種の争いになるのではないでしょうか。

 ちなみに今回私が乗ったのは現時点での定番777で、強い偏西風に乗って終始マッハ0.85を維持、大圏ルート(目的地を結ぶ最短ルート)を大きく南に外れてシアトル上空を通過するというかなり長めの航路でしたが、定時到着のナイスフライトでした。ただ、沿岸から離れた北太平洋上を長時間飛ぶこうしたルートの場合ですと、エンジンが双発の777や787よりも、4発のA380や747-8の方が安心という要素も無視できません。いずれにしても、この航空不況が一段落して、国境を越えた人の行き来に勢いが戻ること、それが全ての前提になるのは仕方ありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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