コラム

ホロコーストは、世界を覆う徹底的な合理化の先駆だった...映画『ヒトラーのための虐殺会議』

2023年01月19日(木)20時07分

1,100万のユダヤ人絶滅政策について話し合う会議が行われた......『ヒトラーのための虐殺会議』

<1942年、ベルリンで1,100万のユダヤ人絶滅政策について話し合う、高官15名による会議が開かれた......>

1942年1月20日の正午、ベルリンのヴァン湖(ヴァンゼー)畔にある別荘に、親衛隊、ナチ党、いくつかの省庁の代表者が集められ、およそ90分にわたる会議が開かれた。主催したのは国家保安本部長官のラインハルト・ハイドリヒ。その議題は「ユダヤ人問題の最終解決」だった。

マッティ・ゲショネック監督のドイツ映画『ヒトラーのための虐殺会議』では、このヴァンゼー会議が再現される。この会議の議事録は、1947年にドイツ外務省で発見され、それが現存する会議の唯一の記録になっている。本作は、その議事録に基づいて制作された。

但し、その議事録は参加者たちの発言を詳細に記録しているわけではなく、結論をまとめたものなので、会議の実際の流れやその場の空気、誰がどんな発言をし、議論が白熱することがあったのかどうかは、想像するしかない(会議の準備をした親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンは、後にエルサレムにおける尋問で会議について証言しているが、ここではそれを踏まえる必要はないだろう)。

だから同じ会議を映画化しても、作り手のアプローチによってその印象が変わってくる。1作品だけではそのアプローチもわかりにくいが、同じ会議が2001年に『謀議』(フランク・ピアソン監督)というテレビ映画になっている。ケネス・ブラナー、スタンリー・トゥッチ、コリン・ファースらが出演し、DVD化もされている。

「ユダヤ人問題の最終解決」、会議に参加した高官15名

この2作品では、本質的な部分で会議に対する作り手の視点に違いがある。それを明らかにするためには、まず共通点を確認しておく必要がある。

会議に参加した高官15名のなかで、重要な位置を占めているのは、ハイドリヒとアイヒマン、そして内務省次官ヴィルヘルム・シュトゥッカートと首相官房局長フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリツィンガーの4人で、彼らそれぞれの立場や姿勢に関しては、2作品でそれほど大きな違いはない。

ハイドリヒの目的は、会議の冒頭の宣言にもあるように、ヨーロッパのユダヤ人問題の最終解決の権限が、親衛隊全国指導者ヒムラーないしはその代理人である自分にあることを各省庁にも周知させることにある。アイヒマンが会議で最も注目を浴びるのは、ガス室の計画を明らかにする場面だ。たとえば『謀議』では、アウシュヴィッツを拠点にすることで、1時間に2500人、24時間で6万人処理できると説明する。

これに対して、内務省次官シュトゥッカートは、「混血児」や「異人種間結婚」に関して、現行法をねじ曲げてユダヤ人の定義を拡大しようとする提案を拒絶する。彼には、内務省の権限を侵害する提案を受け入れることはできない。首相官房局長クリツィンガーも親衛隊の暴走が国民を不安に陥れることを危惧し、抵抗を示す。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:軽飛行機で中国軍艦のデータ収集、台湾企業

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story