コラム

29歳監督デビュー作にして遺作 中国の孤独な4人の一日の物語『象は静かに座っている』

2019年11月01日(金)16時15分

だが、シャオウーの生き方は以前と変わっていない。テレビでヨンの結婚式のことを知れば、招待されていなくても、直接本人に祝儀を渡そうとする。メイメイが病気だと知れば、直接家に会いに行く。

若きジャ・ジャンクーがこだわったのは、かつての仲間や想いを寄せる女性と直接向き合おうとする主人公の行動だ。彼は当時、そのことについて筆者に以下のように語っていた。


「ぼくは、ちょっとゴツゴツしてるけど、ありのままみたいな、そういう感じのスタイルでこの映画を撮りたかった。なぜなら、今の中国を撮っている人はたくさんいると思うけど、ぼくにいわせると、 みんなお洒落できれいに装飾されている。だからこそ生のままのシャオウーが直接向き合う、そういう切迫感とかストレートさで映画を撮りたかった」

しかし、そんなシャオウーの姿勢は受け入れられず、彼はただスリというレッテルを貼られ、晒し物にされていく。

『一瞬の夢』の時代から20年、次の世代が岐路に立たされている

フー・ボーが本作で描いているのは、そんな時代から20年後、『一瞬の夢』の登場人物たちの世代が親になり、次の世代が岐路に立たされている世界だといえる。

では彼は、登場人物たちの関係や距離をどのように掘り下げているのか。このドラマでは、ある台詞が印象に残る。

事件後に親友の妻と会ったチェンは彼女に、「俺のせいじゃない。お前が奴にアパートを買わせた。奴の稼ぎはわずかだ。それで行き詰まって飛び降りたんだ」と語る。さらに、彼が想いを寄せるキャリアウーマンには、「会ってくれないから。すべてお前のせいだ、友人が死んだことも」と語る。

リンと密会中に不倫が露見したことを知った教師は、「お前のせいだ」と吐き捨てるように言う。窮地に立たされたリンは、母親に日頃の鬱憤をぶつける。そこにはこんなやりとりがある。「こんな惨めな人生吐き気がする」「でも私のせいじゃない」。

さらに、台詞には表れないものの、同様の関係が随所に見られる。ジンは愛犬を殺した犬の飼い主を訪ね、事実を告げるが、逆ギレした飼い主がジンを追ってきて、たまたまそこに居合わせたブーもトラブルに巻き込まれる。

フー・ボーは、そうした脆くて苛立ちに満ちた関係の背景にあるものをさり気なく映し出している。

リンと母親は、トイレが水漏れし、洗濯物が干しっぱなしの雑然とした部屋で暮らし、母親が前夜に24時間営業の店まで足を延ばして買ってきたケーキだけが、かろうじて彼女たちを結び付けているように見える。そのリンが、教師とカフェで密会しているときにもケーキを貪るように食べている姿を見ると、この母娘が、消費することだけで繋がり、それでは満たされなくなったときからいがみ合うようになったのではないかと思えてくる。

また、ブーを追うチェンも、決して弟と仲が良かったわけではなく、両親との間に深い確執があり、彼の生き方に影響を及ぼしていることがわかってくる。

利己主義に満ちた社会を描き出していく

本作の主人公は、若い世代と老人だが、フー・ボーは、その間の親の世代との関係も視野に入れ、利己主義に満ちた社会を描き出していく。そして、絡み合うトラブルによって追い詰められ、それぞれに孤立する主人公たちの空虚な胸の内に共通するイメージが膨らんでいく。

満州里の動物園には一日中ただ座っている象がいるという。主人公たちはそれぞれに、話に聞いたり、チラシや看板で目にしたその象に惹きつけられていく。それは、どん底にある彼らが、ここから「逃げる」のではなく、目的地に「向かう」ことを渇望しているからだろう。しかし、その目的地は、『一瞬の夢』のシャオウーが見る夢よりも、さらに儚いものに見える。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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