コラム

イタリアで実際に起きた事件を元に描かれた寓話的世界『幸福なラザロ』

2019年04月18日(木)17時00分
イタリアで実際に起きた事件を元に描かれた寓話的世界『幸福なラザロ』

<イタリアを代表する女性監督アリーチェ・ロルヴァケルの新作は、寓話的世界からイタリアの過去・現在・未来を映し出す>

カンヌ国際映画祭で前作『夏をゆく人々』(14)がグランプリに輝き、イタリアを代表する女性監督になったアリーチェ・ロルヴァケル。同映画祭で脚本賞を受賞した彼女の新作『幸福なラザロ』は、実話が出発点になっている。

その実話とは、イタリアで80年代初頭に小作制度が廃止された後に、領主が農民たちにその事実を知らせず、彼らを隔離して搾取しつづけていた詐欺事件だ。ロルヴァケルは、そんな実話からリアリズムではなく寓話的な世界を切り拓いていく。

"聖なる愚者"ラザロ

物語は前半と後半に大きく分けることができる。前半では、山間部の架空の村で、侯爵夫人に騙された農民たちが、外部から隔てられた生活を強いられている。ところが、この侯爵夫人に反抗する息子が起こした狂言誘拐をきっかけに、夫人の悪事が露見し、村人たちは初めて外の世界に出て行くことになる。そして後半では、都市を舞台に村人たちのその後の生活が描き出される。

ロルヴァケルは、そんな設定にラザロという謎めいた人物を加えることで、現実をまったく異なる視点からとらえようとする。村人のひとりであるラザロは、"聖なる愚者"と呼ぶべき存在だ。村人たちは彼がお人好しなのをいいことに、仕事を次々に押しつけ、こき使っている。それを遠目に見る侯爵夫人は、自分が村人から搾取し、村人たちもラザロから搾取していると語る。

さらに、ヨハネ福音書のラザロを想起させるようなエピソードも盛り込まれている。前半の物語の終盤で、ラザロは足を滑らせ、崖から谷底に転落してしまう。やがて彼は、獲物を物色する野生の狼の気配で目覚めるが、村は廃墟になっている。そこで、村人を追うように街に出て、再会を果たすが、ラザロだけが昔のままで、村人たちはみな年を取っている。

監督が長い間関心を持ち続けてきた詐欺事件

本作で筆者がまず注目したいのは、その出発点となった実話だ。ロルヴァケルは高校生の頃にこの事件を知り、以来ずっと強い関心を持ちつづけ、リサーチなどもしてきたという。彼女が監督になる以前から持っていた関心は、これまでの作品にも影響を及ぼしている。筆者には、デビュー作の『天空のからだ』(11)と2作目の『夏をゆく人々』と本作を三部作と考えてみると、本作の世界観がより鮮明になるように思える。

『天空のからだ』では、13歳の少女マルタが、姉と母親とともに10年ぶりにスイスから南イタリアのレッジョ・カラブリアに戻ってくるところから始まる。だが、教会の堅信式を控えた少女は、厳格な教義に馴染めず、孤立していく。

『夏をゆく人々』では、トスカーナの辺境に暮らす4人姉妹の長女ジェルソミーナが、養蜂を営む頑固な父親の右腕として働き、独自の教育方針に縛りつけられている。しかし、テレビ番組のクルーが村を訪れ、一家が問題を抱える少年を預かったことから、彼女の心は揺れだし、大胆な行動に出る。

どちらの主人公も教会や家族に囲い込まれ、内部と外部をめぐるドラマを通して、その内面の変化が炙り出されていく。しかし、ロルヴァケルが描いているのは、少女の成長だけではない。背景にも注目する必要がある。

『天空のからだ』の舞台が南イタリアのレッジョ・カラブリアであることには深い意味がある。見逃せないのは、学校をサボったマルタが、なりゆきで山間部の故郷の村に向かう神父に同行するエピソードだ。神父は、信者を増やすために、廃村になった故郷の教会から十字架のキリスト像を持ち帰ろうとする。だが、信仰に情熱を注いでいるわけではない。彼は、自分の立場を利用して選挙運動に深く関わり、出世して荒廃した街を離れたいと思っているからだ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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