コラム

KKKに入会し、潜入捜査を行った黒人刑事の実話『ブラック・クランズマン』

2019年03月20日(水)19時30分

スパイク・リー監督の新作『ブラック・クランズマン』(C)2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.

<70年代、白人至上主義団体KKKに入会し、潜入捜査を行った黒人刑事の実話をスパイク・リーが映画化>

本年度のアカデミー賞で脚色賞を受賞したスパイク・リーの新作『ブラック・クランズマン』は、にわかには信じがたい実話に基づいている。映画の原作であるロン・ストールワースの回想録には、70年代にコロラド州のコロラドスプリングス警察署で初の黒人刑事になったロンが、白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)に入会し、潜入捜査を行った体験が綴られている。

黒人であるロンは、どのようにしてKKKに入会するのか......

では、黒人であるロンは、どのようにしてKKKに入会するのか。新聞でKKKの広告を目にした彼は、原作では私書箱の宛て先に入会を希望する手紙を送るが、この映画ではいきなり電話での接触を試みる。電話口で白人以外の人種を嫌悪する過激な言葉を並べ立てた彼は、コロラドスプリングス支部の担当者からいたく気に入られ、面会する約束をとりつけてしまう。しかも、本名を名乗るというミスもおかしていた。

oba0320c.jpg

『Black Klansman: Race, Hate, and th e Undercover Investigation of a Lifetime』Ron Stallworth (Century, 2018)

KKKのメンバーと対面するわけにはいかないロンは、自分が電話を担当し、別の白人刑事が彼らと会うという奇抜なアイディアを思いつく。そこで、同じ部署の刑事フリップ・ジマーマンが、ロンになりすまして彼らと会い、疑いの目を向けられながらも、なんとか親交を深めていく。一方、ロンは、電話でKKKの指導者デビッド・デュークとの接触に成功し、巧みな話術で信頼を得ていく。やがてそのデュークが、コロラドスプリングスで集会を開く日がやってくる。

ユダヤ人の目を通してKKKの反ユダヤ主義が浮き彫りに

この映画化では、実話に様々な脚色が施されているが、そのなかでもまず注目したいのがロンになりすます刑事フリップのキャラクターだ。原作の刑事はチャックという名前の白人だが、映画ではユダヤ人という設定に変更されている。それによってこの刑事の立場はまったく違ったものになる。

この映画を観ながら、筆者の頭に何度となく思い浮かんできたのは、ジェームズ・リッジウェイが書いた『アメリカの極右 白人右派による新しい人種差別運動』のことだった。80年代に至るまでの極右の歴史や現状を豊富な資料を駆使して検証した本書では、反ユダヤ主義や新しい指導者としてのデビッド・デュークについても掘り下げられ、とても参考になる。

oba0320b.jpg

『アメリカの極右 白人右派による新しい人種差別運動』ジェームズ・リッジウェイ 山本裕之訳(新宿書房、1993年)

本書によれば、今日の極右の理論的な根拠は、フランス革命時代に発生した「国際的ユダヤ人の陰謀」神話に求められる。アメリカでは、移民などの外国人排斥がピークに達した1920年代にそれが急速に普及した。当時、伸び盛りだったKKKは、この説を受け入れ、反黒人、反カトリックの綱領に反ユダヤを加えた。

この映画の原作でも、ロンの捜査によって、KKKやその他の極右の反ユダヤ主義が露になるが、ユダヤ人が中心的な登場人物になることはない。これに対して映画では、まずプロローグで時間を遡るようにポーリガード博士なる人物が登場し、ユダヤ人陰謀論を唱え、本編では、フリップというユダヤ人の目を通して彼らの反ユダヤ主義が浮き彫りにされる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米関税収入、想定の3000億ドルを大幅上振れへ 債

ワールド

EU、来月までに新たな対ロシア制裁の準備完了=外相

ビジネス

「ラブブ」人気で純利益5倍に、中国ポップマート 1

ワールド

米、中国の鉄鋼・銅などに新たな輸入規制 ウイグル強
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル」を建設中の国は?
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 10
    ニューヨークで「レジオネラ症」の感染が拡大...症状…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story