コラム

猟奇殺人事件の闇に引き込まれていく男を描く中国映画『迫り来る嵐』

2018年12月27日(木)14時10分

『四川のうた』の題材になった国営工場は、90年代に大量解雇が実施され、2007年に終焉を迎える。本作の国営工場もそれとまったく同じ運命をたどる。そんな歴史のうねりは、ユィの心理や行動にも多大な影響を及ぼしている。ちなみに、プレスにはドン監督の以下のような発言が引用されている。


「誰でもないどこにでもいるような人物が、時代の性質次第でいかに影響を受けるかを描くことで、その時代をむき出しにし、その社会の精神性みたいなものを浮き彫りにしたいと、考えました」

ジャ・ジャンクーの作品群との接点は、集団から個を炙り出すような視点だけではない。ジャの作品では、体制に翻弄される個人が、現実と幻想の狭間で揺れるような表現が印象に残る。

たとえば、80年代に娯楽の分野で中心的な役割を果たした文化劇団の軌跡を描く『プラットホーム』(00)だ。劇団の一員として毛沢東を讃える劇を上演していた娘が、その翌年には、生まれて初めてパーマをかけ、毛沢東の肖像画の前でフラメンコを踊ってみせる。劇団に所属する主人公たちは、改革開放政策によってこれまでにない自由を味わっているように見える。しかし、彼らは巡業を通して中央の政策を地方に広めるための単なる駒に過ぎず、やがて使い捨てられる運命にある。

ヒッチコック『めまい』とコッポラ『カンバセーション...盗聴...』

時代背景は異なるが、本作のユィもまた体制に翻弄され、現実と幻想の狭間で揺れている。但し、ジャとは異なる独自のアプローチでそれを表現している。興味深いのは、ドン監督が、ヒッチコックの『めまい』(60)とコッポラの『カンバセーション...盗聴...』(70)にとても大きな影響を受けたと語っていることだ。

『めまい』の影響は、ユィと恋人イェンズの関係に表れている。『めまい』の主人公は、自分が救えなかった女性と瓜二つの女性に出会い、ふたりを重ねていく。本作では、ユィが恋人を事件の犠牲者に重ねていく。

一方、『カンバセーション...盗聴...』では、盗聴のプロである主人公が、依頼を受けて盗聴した男女が殺されるかもしれないという疑念を抱いたことから、トラブルに巻き込まれていく。彼が深入りしてしまうのは、過去に自分の仕事が原因で人が殺されたことがトラウマになっているからだ。

本作のユィも、自分のせいで部下が死んだことから自責の念に駆られ、事件にのめり込んでいく。だが、影響はそれだけではない。これまで細心の注意を払ってプライバシーを守ってきた盗聴のプロは、トラブルのなかで足もとをすくわれて動揺し、精神のバランスを崩し、現実と幻想の境界が曖昧になっていく。

精神的に追いつめられ、幻想にとらわれていく

本作の物語は、ユィの主観的な視点を中心に展開していくが、それをすべて信じることはできない。彼は、工場内の泥棒の検挙に手腕を発揮し、模範工員として表彰される。同僚からは、何も見逃さない眼力を賞賛される。だが、それらと前後するように、矛盾するエピソードも挿入される。彼は、捕らえた泥棒が3回も盗みを繰り返していたことに気づかず、苛立ちを露にする。その泥棒が、組織的に盗みが行われていることを匂わせても、調査しようとはしない。

さらに、ユィと部下が、怪しい人物を割り出すために、工場の前で張り込みをつづける場面も象徴的だ。工場では、構造改革や合理化を進めることを伝える放送が流れている。工員であるユィが、そんな工場の変化を感じていないはずはない。にもかかわらず、というよりも、おそらくは精神的に追いつめられているからこそ、彼は殺人事件にのめり込み、幻想にとらわれていくことになるのだ。


『迫り来る嵐』
2019年1/5(土)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
(C)2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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