コラム

レイプ事件で見えた米欧の仁義なき戦い

2011年07月21日(木)17時11分

 根拠のないことは通常、報道できない。

 ところがIMF(国際通貨基金)のストラスカーン前専務理事が強姦未遂の罪に問われた事件では、当初から公然と欧米メディアで陰謀論が取り上げられた。

 それも仕方ない。何しろこの事件は「面白すぎる」からだ。

 EU諸国の財政危機が進行するその最中、救済の先頭に立つべきIMFのトップがニューヨーク滞在中のホテルで客室係にフェラチオを強要した。常識的には「そんなことあり得ない」と思うはずだ。

 その後の展開はもっと面白くなる。後任の専務理事が決まった途端、「この客室係の証言は信用できないので公判が維持できなくなるかもしれない」というアメリカの検察サイドのリークがメディアにがんがん流された。

 つまりIMFの後任人事が決まり、ストラスカーンが来年のフランス大統領選の有力候補としての立場を失ったところで、「やっぱりこの事件は立件できないかも」と、アメリカの検察当局が言い出した。

 もしこれが日本だったら、これだけの立場にいる人物を逮捕して「事件が立証できるかどうかわからなくなりました」では済まされない。「国策捜査」とか、大統領選のことを考えれば「明らかな選挙妨害」と非難されることになるだろう。

 ただ今月になって、フランス国内で8年前にストラスカーンに暴行されそうになったと告訴する女性があらわれ、ストラスカーンの大統領選出馬は絶望的になったと見られている。

 では一方で、なぜアメリカが陰謀を企てなければならないのか、という疑問も沸いてくる。

 フランスを筆頭にヨーロッパで事件の陰謀論が根強くささやかれたその背景には、アメリカに対する潜在的な不信感があるようだ。

 事件発覚直後に英ガーディアン紙のサイトに掲載されたブログから、そのあたりのヨーロッパ側の不安な心情が読み取れる。

 まずアメリカに端を発したリーマン・ショック以降、ヨーロッパの金融システムはまだ健全さを取り戻していない。ギリシャ危機の対応で辣腕を振るい、通貨ユーロを支えたストラスカーンを失えば、欧州経済が深刻なダメージを蒙ることになるという不安がある。

 実際、後任のラガルド専務理事の下、IMFがギリシャ救済から撤退するという憶測も出ている。

 次にIMFが弱体化されるというもの。代々ヨーロッパ出身者がトップを務めるIMFは、アメリカが主導権を握る世界銀行と共に戦後の世界の金融システムをリードした。アメリカがIMFを目の敵にしてヨーロッパの影響力をそごうとしていると勘ぐっている。

 そして3番目には、これでサルコジ再選の公算が強まったというもの。市場経済の信奉者でアメリカにとって都合の良いサルコジの有力な対抗馬であったストラスカーンは、女好きを付け込まれてまんまと嵌められたという考えだ。

 もともと金融危機への対応策としてヘッジ・ファンドなど国際金融市場の規制を求めてきたヨーロッパと市場への介入を忌避するアメリカは、根深い対立関係にあった。今回の事件は、こうした双方の不信感を図らずも浮き彫りにしてしまった。

――編集部・知久敏之


このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」

ワールド

訂正-米政権、政治暴力やヘイトスピーチ規制の大統領

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story