コラム

お砂場で死と愛を語る

2011年06月17日(金)11時51分

 初めて見るものに、「これは何?」
 ダメと言われたら、「どうして?」 
 スーツ姿で出勤する父に、「パパはどうしてカイシャに行くの?」

 小さな子供と一緒にいると、しょっちゅう「どうして?」「これは何?」と質問される。こちらもうまく答えられないことが多々あるが、この「?」は子供にとって言葉を覚え、物事や社会の成り立ちを理解し、世界と自分の関係を認識していく大切な一歩だ。そこに自分で考える、という作業が加わると「哲学」になる――その姿を見事にとらえたのが、フランスのドキュメンタリー映画『ちいさな哲学者たち』。日本では7月9日に公開される。

 以前『14歳からの哲学』という本が話題になったが、この映画はいわば「4歳からの哲学」だ。幼稚園児に哲学なんて無理でしょう? と思うかもしれないが、これが結構いけるのだ。

 フランス・セーヌ地方の教育優先地区(ZEP)にある幼稚園で、年中(4歳)~年長(5歳)にかけての2年間、子供たちは月に2、3回、パスカリーヌ・ドリアニ先生の「哲学のアトリエ」に参加する(ZEPは社会・経済的に恵まれない世帯が多く、子供の教育支援が必要とされている地域で、実際には移民家庭が多い)。その授業の様子を追ったドキュメンタリーだが、子供の持つ可能性、それを引き出す大人の役割、一つの言葉が意味するものの大きさ、そして人種や差別といった社会問題まで本当にたくさんの事柄を考えさせられる。

 180時間に及ぶ撮影内容をできるだけ詰め込もうとしたためか、尻切れとんぼのように思える場面がいくつかあったのは残念。それに子供モノと動物モノは感情に訴えやすい点で有利なのは確かだ。しかしそれらを差し引いても、全体として愉快で見ごたえのある作品に仕上がっている。

 友だちと恋人の違いは?
 貧しいってどういうこと?
 自由って何?

 次々と出される課題に、見ている側も頭をフル回転させなくてはという気にさせられるし、自分の発想の貧しさに焦ったりもする。そしてやっぱり感心させられるのが子供たちの成長ぶり。最初は口数も少なく、てんでばらばらな発言をしていた子供たちが、何度も授業を受けるうちにだんだん友達の話に耳を傾け、そこから話を膨らませたり、自分の考えを述べたりできるようになる。議論が白熱したり、「なるほど」とうならされる言葉を口にする子供も出てくる。パスカリーヌ先生によれば、親と子供が家庭でもさまざまな事柄について話し合うようになったのもうれしい副産物だったようだ。

 印象的なのは、「お砂場で死と愛について話したの」という女の子の言葉。

 ちょっと素敵ではないか? 

――編集部・大橋希


このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

金現物、4500ドル初めて突破 銀・プラチナも最高

ワールド

イスラエル、軍ラジオを来年閉鎖 言論の自由脅かすと

ワールド

再送-ベネズエラが原油を洋上保管、米圧力で輸出支障

ワールド

豪NSW州で銃規制・ 反テロ法強化、乱射事件受け
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story