コラム

ウィキリークス公電は「水増し」なのか

2010年12月18日(土)07時03分

 25万件のアメリカ国務省外交公電の完全公開へ向け突っ走っているウィキリークスとジュリアン・アサンジをめぐって、世界がアンチとシンパに真っ二つに分かれているが、文書の「価値」に対する評価も「重要な情報」とみる支持派と「たいしたことない」とこきおろす批判派に割れている。

 文書の価値についてはこれまで支持派が優勢だったが(だからこそ新聞やテレビもニュースとして報じてきた)、批判派に有力な論客が登場した。元外務省主任分析官の佐藤優氏だ。朝日新聞の12月17日朝刊に、佐藤氏に取材した藤えりか記者の「『極秘』水増し外交公電/一方的、事実誤認も」という記事が載っている。

 佐藤氏の主張はおおむね次の2点に集約されるだろう。

・公電の中には編集・校閲機能が働いていない、お粗末極まりない水準のものが見受けられる。

・公開情報で出ているようなものを極秘にしているのは明らかに水増し。

 ウィキリークスをこころよく思わない既存メディアが佐藤氏を使って反撃に出た――と見出しを見ただけでは思うかもしれないが、外務省で実際に情報と公電を扱っていた佐藤氏の主張には一定の説得力がある。米外交官の公電を「ずさんで水増し」と断じる佐藤氏と真っ向から衝突するのが、ニューズウィークのベテラン記者クリストファー・ディッキー。ディッキーは日本版12月15日号の記事「ウィキリークス本当の爆弾」で次のように書いている。


 文書の暴露が始まってから多くの人の関心を集めたのは、外交公電で用いられている直戴な表現の数々だ。国務長官に興味を持ってもらうために、外交官たちは率直で正確な内容を記そうと勤める。


 皮肉なのは、今回のウィキリークス騒動で内部文書が暴露された結果、アメリカの外交官たちが極めて有能で十分に役割を果たしている事実が明らかになったことだ。

 アメリカの外交官は有能なのか無能なのか。公電に書いてあることは真実なのかでたらめなのか。結論から言うと(身もふたもないが)どちらも正しい。さまざまな側面をもつ対象のどの部分を重視するか、というだけの違いである。そして違いが生じるのは、おそらく「民族性」に原因がある。

 筆者が公開された公電を読んだときに最初に受けた印象は「役所の文書らしくない」だった。ディッキーが記事で指摘しているように、外交官たちは上司の目に留まりやすいように、公電の表現にさまざまな工夫を凝らした。カダフィの「『肉感的で金髪の』ウクライナ人美人看護士」もそうだし、プーチンとメドベージェフの「バットマン&ロビン」もそうだが、どれもまるでニューズウィークの英語の記事を読んでいるような、ひとひねり効いた文章になっている。

 役所らしくないというよりむしろ、ジャーナリズムに近いと言ったほうがいいかもしれない。まるで記者がデスクに報告する「取材メモ」のようでもある。確かに公電の中には主語が不明瞭で前後で矛盾する記述もあるが、急いで仕上げたメモにはどうしても間違いや文章のおかしな部分が残る。そんな体験は記者なら誰もが一度はしているはずだ。「水増し」は佐藤氏の指摘の通りだが、一方でそれはカテゴライズの問題でしかなく、そもそも「観察眼」重視なら、公電全体の価値にはそれほど影響しない。

 アメリカ人記者のディッキーは「観察眼」に重きを置き、日本人外交官の佐藤氏は「正確性」を重視している。真実を伝えるうえで確かにデータは極力正確であるべきだが、「鋭い視点」も本質をつかむのに重要な役割を果たすのは間違いない。正確さを追及する佐藤氏(と日本の外務省)は几帳面に「100%」を目指す日本人の、観察眼を重視するディッキー(とアメリカ国務省)は細部にとらわれず本質に突き進むアメリカ人の思考法をそれぞれ象徴している。

 ちなみに日米のジャーナリズムの間にも同じような「違い」が存在すると思う。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

丸紅、通期の純利益5400億円に上方修正 増配と自

ワールド

米イラン核協議、6日にオマーンで開催へ=報道

ビジネス

ファイザーの減量薬データ、副作用に疑問の声 株価下

ワールド

原油先物上昇、米・イランの緊張激化を警戒
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 3
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 4
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 5
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 6
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 7
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 8
    最長45日も潜伏か...世界が警戒する「ニパウイルス」…
  • 9
    ICE射殺事件で見えたトランプ政権の「ほころび」――ア…
  • 10
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 5
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 6
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 7
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 8
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 9
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 10
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story