コラム

ウィキリークス新暴露の衝撃度

2010年11月30日(火)03時48分

 内部告発サイト「ウィキリークス」が28日、25万1287通に及ぶアメリカの外交公電の公開をネット上で始めた。外交公電は、世界各地に274ある米大使館などから毎日のように国務省に報告される外交報告。つまりアメリカと世界の外交関係、またアメリカが世界をどう見ているのかに関する記録といってもいい。最新は今年2月のもので、「外交史上最大の暴露」と言われているが、実際のところ「機密」扱いは4割ほどだった(とはいえ、150日ごとにパスワードを変更する必要があるが、政府関係者など250万人がアクセスできた。さらに「トップシークレット」は含まれていなかった)。

 まだ公開されていないが、日本に関する公電も5697通あるとみられている。日米地位協定、日米外交、沖縄の普天間の問題や尖閣諸島をめぐる問題など、今年2月までのアメリカと日本の外交の舞台裏を知ることができるかもしれない。

 ただこうした内部情報の公開に賛否が巻き起こっていることは言うまでもない。今回の公開では、アメリカのニューヨークタイムズ紙、イギリスのガーディアン紙、ドイツのシュピーゲル誌、フランスのルモンド紙、スペインのエルパイス紙が事前に全ファイルを提供されていて、公開と同時にそれぞれが大きく伝えた。だが例えば当事国であるアメリカのニューヨークタイムズ紙は米国防省と相談しながら、慎重に内容を掲載している。

 それでも情報としての価値は大きい。そこから見えるのは外交世界の冷静な分析だけではない。各国首脳に関する評価はかなり辛辣でゴシップ的なものもあるが、一方で舞台裏での外交模様からは、これまでの世界情勢に関する一般的な見方が現実とそれほどかけ離れていないことも再確認できる。

 今のところ明らかになっている首脳の「評価」は次のようなものだ。

▼ドイツのメルケル首相は「リスクを嫌い想像力が乏しい」
▼イタリアのベルルスコーニ首相を「無責任でうぬぼれが強く、近代ヨーロッパのリーダーとして影響力はない」し、ロシアのプーチン大統領と異常な蜜月ぶりで、ベルルスコーニはヨーロッパにおける「プーチンのスポークスマン」的な存在
▼フランスのサルコジ大統領を「気難しい権威主義的なスタイル」
▼ロシアのメドベージェフ大統領を、「『バットマン』であるプーチン大統領に仕える『ロビン』」
▼アフガニスタンのカルザイ大統領は「事実に耳をかさないが、自分に対する策略や話には簡単に揺れる極度に弱い人間」
▼イスラエルのネタニヤフ首相は「エレガントでチャーミングだが約束は守らない」
▼ジンバブエのムガベ大統領は南アフリカの大臣に「狂った老人」と評されている
▼リビアのカダフィ大佐は「ウクライナ人看護婦」に夢中で、オマーンのスルタンはカダフィを「とにかく変人」と語っている
▼イエメンのサレハ大統領は「素っ気なく退屈で忍耐がない」
▼北朝鮮の金正日総書記を「肉のたるんだ年寄り」

 さらにこんなゴシップ的な情報も報告されている。

▼イランのアハマディネジャド大統領は、珍しく報道の自由を語ったために革命防衛隊のアリ・ジャファリ司令官から顔をビンタされた
▼ロシアのメドベージェフ大統領夫人は、夫に忠誠を誓っていないとして今後のキャリアで「苦しむ」べき高官のリストを作っている
▼アゼルバイジャンのアリエフ大統領夫人は整形手術をしすぎて表情を動かせない

 そのほかでは、以下のような話も暴露された。

▼トルコはイスラム国家になるべく向かっている
▼エジプトのムバラク大統領は、イラクから米軍が撤退した後に、平和的に政権移行するには軍事クーデターしかないと米高官にアドバイスした
▼サウジアラビアのアブドラ国王はアメリカにイランを攻撃するよう再三要請している
▼国際テロ組織アルカイダのようなスンニ派グループはいまだにサウジアラビから資金を調達している
▼カタールはテロ対策として「地域で最悪」だとしている
▼イエメン国内でアルカイダ系武装組織などに攻撃を行っているのは実際は米軍なのに、イエメンのサレハ大統領は「イエメン政府がやっていることにしておく」と米政府に約束している
▼アフガニスタンの副大統領が昨年アラブ首長国連邦(UAE)を訪問した際に、現金で5200万ドルを運び込んだことが確認されている
▼中国政府はハッカーなどを雇ってネット上の妨害工作を行っていて、中国の政治局員がグーグルのコンピューターに侵入するよう指示していたこと、しかも2002年から中国はアメリカやその同盟国のコンピューターに侵入していたことも分かった
▼シリアのアサド大統領は米政府との約束にも関わらずレバノンのイスラム原理主義組織ヒズボラに高機能な武器を提供し続けている

 米国防総省はこれまで再三、ウィキリークスへ文書を公開しないよう要請し、創設者のジュリアン・アサンジとも手紙でやり取りをしていた。今年10月のイラク戦争に関する文書が公表された後、スウェーデン当局は、アサンジをスウェーデン滞在中に発生したとされるレイプ疑惑で立件しようとしたが断念。レイプ疑惑で立件されていれば、今回の公開はなかったのかもしれない。そして今月18日に再び逮捕状が出されたが、口封じが目的だとする向きもある。

 当たり前だが、アメリカはご立腹だ。ピーター・キング米下院議員(共和党)は、「ウィキリークスをアルカイダやオウム真理教のようにテロ組織に指定すべきだ」と主張する。仮にテロ組織に指定されれば、現在ウィキリークスが寄付を受け付けているアメリカの銀行やカード会社の同サイトとの取引きを禁止できる。キングは、ヒラリー・クリントン国務長官にその旨を要請する手紙を送ったと言う。

 ところでほかの国の反応はどうか。例えばパキスタンは、サウジアラビアのアブドラ国王による発言に動揺している。アブドラが、パキスタンの国としての進展の大きな障害はザルダリ大統領自身だ、と発言したと明らかになり、さらにアブドラはパキスタンについて「頭が腐っていると体も腐る」とまで言っていた。パキスタンはアメリカによる研究用原子炉から高濃縮ウランを取り除く提案を、「アメリカに核を奪われる」とみる国民感情があるから受け入れられないと拒否したことも暴露されている。

 このまま今回の外交文書が引き続き公表されれば、日本も対岸の火事で済まされない可能性がある。日本と、日本の政治家はどう評されているのだろうか。

――編集部・山田敏弘

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ニューズウィーク日本版編集部

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