コラム

編集長対談・冷泉彰彦氏 その2「日米 埋まらない認識ギャップ」

2010年07月29日(木)09時00分

 今月発刊された『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーションズ)の著者で、当サイトでブログを連載中の冷泉彰彦さんと本誌の竹田圭吾編集長が対談しました。その内容の抜粋を、2回に渡って掲載します。2回目のテーマは「日米 埋まらない認識ギャップ」です。

reizei_taidan.jpg

竹田編集長(左)と冷泉彰彦氏(右)。東京・目黒の阪急コミュニケーションズにて(7月6日)


竹田)日本の民主党政権とアメリカのオバマ政権のもとで、現状の日米関係をどう捉えていますか?

冷泉)日本側の態度がバラバラです。核戦略の問題で言うと、オバマは最終的な核兵器廃絶を目指していて、日本の反核団体とか被爆地はすごく期待している。ところが普天間の問題を見ると、オバマもヒラリーもブッシュ時代と変わらない「コワモテ」と受け止めて、米政府のことを駐留米軍を統括する憎い相手と見ている。そこが繋がっていない。

 アメリカでは共和党から民主党に政権が変わり、格差や医療保険の問題に対して丁寧に対処しようとしている。イラクやアフガニスタンに関してもブッシュ時代のような単独主義とは変化している。相手は変わっているのに、日本の親米や反米の態度は昔から変わっていない。そこは見ていてフラストレーションを感じますね。

竹田)大統領選以来、オバマが日本で美化されている傾向を感じます。実際のオバマ政権はとても現実主義的で、その実像をきちんと踏まえた上で日本も向き合ってく必要がありますね。

冷泉)日本とアメリカの価値観は似通ったところがたくさんあります。インターネットで自由に発言ができるような社会の根本的な部分で、日本とアメリカは多くを共有している。しかしその当たり前のことを忘れてしまいギクシャクしたところばかりに注目する。その点はバランス感覚が欠けていると思います。

竹田)今年11月の中間選挙以降、オバマの政権運営、アメリカの政治はどう変わっていくと思いますか?

冷泉)2つシナリオがあって、景気が上向いたという認識をアメリカの国民が持てば、圧倒的にオバマは有利ですね。「結果が出た」という感じで。様々な環境政策、グリーンエコノミーなどの政策を積極的に打ち出せるでしょう。もう1つのシナリオは、経済がうまく行かないときです。景気、雇用が回復しないとなると、オバマはサンドバックにされてしまう。

 ただ共和党がそれで大勝するかというとそうはならない。共和党は「このまま財政赤字が膨らんだら大変ですよ」という恐怖心に訴えるしかない。かと言って、財政破綻しているカリフォルニア州の知事候補になったイーベイのホイットマン前CEOのように、良いイメージの人がばっさり予算をカットできるかどうかは疑問です。共和党に必ずしも受け皿がないと有権者が気付けば、またオバマに帰って来る。そこまでの展開は現時点で読めないところがあります。

竹田)日本メディアのアメリカの捉え方に関して疑問を感じる点はありますか?

冷泉)古いですけど、本多勝一さんの『アメリカ合州国』(朝日文庫)や藤原新也さんの写真紀行『アメリカ』(集英社文庫)は、とても日本的な視点です。草の根保守や田舎くさい庶民の息づかい、悲しみは、全然描いていない。「エラい経済大国アメリカ。でも暗いところを見っけた!」みたいなことを言われても、アメリカの庶民の生活実感とは乖離しています。

竹田)一元化してしまうことの問題点と言うか、どれも一面の真理は入っていると思うんですが。もっと多角的に見ないといけない。裏と表に見えても両方ともアメリカの真実ですよね。

冷泉)特に、エリートの保守主義ではなく草の根の右派のポピュリズムというのはほとんど正確に伝わっていません。

竹田)かつてのキリスト教福音派のような動きは、ある意味日本人には分かりやすかった。それが力を失った時、アメリカでは何が主流なのか、宗教的な価値観のバランスがどう揺れ動いているか、複雑でわかりづらくなった。日本人が一番理解しづらいところじゃないでしょうか。

冷泉)逆に日本のイデオロギーも海外では正確に理解されていません。最近「クールジャパン」に関するシンポジウムがあって、アメリカの大学の先生が『蟹工船』はクールだ、と言っていました。現代の日本で古典的なマルクス主義のようなものが復権していること自体が新鮮だというのが1つ。もう1つは、アメリカでは政治思想の逸脱が許されない。共産主義が大衆の支持を得ることは有り得ない。民主党の中にいくら左派の人がいても、自由主義経済をぶち壊そうというところまでは行かない。だから日本の言論の自由度は新鮮だったようですね。

竹田)それは自由なのか、節操がないだけなのか(笑)。

冷泉)逆に日本には、アメリカの闇やタブーは伝わっていない。ベトナム戦争の時代にはポップカルチャー、ヒッピー文化をかなり熱心に吸収しようという動きがありました。でも今はアメリカの多様性に対する関心が余りにも低い。表面的な情報しか入ってきていない。では関心がヨーロッパや中国に向いているかと言うと、そうでもない。今の日本はとても内向きです。黒船以来、最も日本と縁が深い異文化のアメリカを、もっと立体的に理解しても良いのではないでしょうか。それだけの価値はあると思います。

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は6日ぶり反落、4万円割れ 日米交渉難航で

ワールド

マスク氏企業への補助金削減、DOGEが検討すべき=

ワールド

タイ憲法裁、首相の職務停止 軍批判巡る失職請求審理

ワールド

ロシア、ウクライナ東部ルハンスク州全域を支配下に 
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story