コラム

スウェーデンのNATO加盟はほぼ絶望的に──コーラン焼却「合法化」の隘路

2023年07月05日(水)19時40分

スウェーデンの右傾化

トルコ政府の神経をあえて逆なでするようなスウェーデンの対応は、昨年9月の選挙で保守派政権が発足したことに起因する。その中心にあるスウェーデン民主党は大戦期のナチスに起源をもち、移民排斥や同性婚反対を主張する、いわゆる極右政党だ。

問題の裁判所命令は、この保守派政権の発足と軌を一にする。

もともとスウェーデンの裁判所は政府方針に沿った判決を下すことが多く、ストックホルム大学のマウロ・ザンボニ教授は「独立した主体というよりむしろ行政機関の一部」と指摘する。

例えば、スウェーデンでは裁判員が、議席数に比例して各政党に指名されるため、昨年から民主党支持者が裁判に加わることが増えた。

コーラン焼却を認める裁判所命令は、こうした背景のもとで生まれた。

極右と極右の対決

右傾化はスウェーデンのNATO加盟を難しくする。

スウェーデンで今年1月に行われた世論調査では、約8割の回答者が「たとえNATO加盟が遅れても安易にトルコと妥協すべきでない」と応えた。つまり、スウェーデンでは党派を超えて反トルコ感情が強くなっているとみてよい。

「偉大なスウェーデン」を高唱する民主党が率いる現在のスウェーデン政府は、クルド人問題に関してトルコとある程度妥協した一方、それによって損なわれた体面を補うかのように「冒涜」を認める方針に向かっている。

この構図は、いわば極右と極右の対立といえる。

もう一方のトルコでも、外部の干渉を拒絶し、国家の独立性を重視する極右の台頭が目立つ。今年5月の大統領選挙でエルドアン大統領は、シリア難民の排除などを叫ぶ極右の支持によって、からくも勝利した。

ナショナリズムを鼓舞してきたエルドアン政権がこれまで以上に右傾化するなか、コーラン焼却問題でスウェーデンと妥協することは困難だ。

NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は7月6日にトルコとスウェーデンを招いた会議を開催する予定で、「スウェーデンの加盟を歓迎すべき時だ」と述べるなど、仲介に自信をみせている。

とはいえ、この状況でスウェーデンの加盟が実現する見込みは乏しい。いわばスウェーデンとトルコはそれぞれ右傾化するなかで選択の幅を狭めており、その結果両国は交渉不可能なレベルに近づいているのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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