コラム

なぜロシアは「デスノート」や異世界アニメを禁止するか──強権支配が恐れるもの

2022年03月17日(木)14時25分

その意味で、異形の者や異世界を扱うこと自体、プーチン政権にとっては「目に見える世界」の支配者である自分の権威や正当性を損ないかねない危険思想といえる。

「目に見えない世界」に対するプーチン政権の拒絶反応には、シュルレアリスムを忌避したヒトラーと同じ傾向を見出せるだろう。

グロテスクなのは誰か

補足していうと、戦前・戦中の日本でも似たような状況はあった。

大正から昭和初期にかけて耽美的、幻想的、猟奇的なテーマの絵画、小説、演劇が大衆的な人気を博し、エログロナンセンスと呼ばれた。こちらはシュルレアリスムほど精緻な理論があったわけでなく、より通俗的ではあったが、やはり「目に見えない世界」に強く惹かれる点で共通した。

エログロナンセンスは軍国主義の台頭で「退廃的」と批判され、共産主義的なプロレタリア文学(「蟹工船」など)などとともに弾圧されが、その一人には江戸川乱歩がいた(コナンの姓の由来でもある)。

その作家生活の中期から後期にかけて発表された「怪人二十面相」「少年探偵団」など子ども向け作品がよく知られる乱歩だが、初期から中期にかけての成人向け作品の題材には猟奇殺人や性的倒錯が目立った。

とりわけ異彩を放ったのが「芋虫」(1929)だ。戦争で手足を失った傷痍軍人とその妻の閉ざされた生活を描いたこの短編小説は、描写やストーリーにアブノーマルさとグロテスクさが目立ち、後に発禁処分を受けたが、その一方で戦争への批判と純愛を読み取ることもできる。

当時の軍部は戦争やそのための犠牲をことさら美化していた。その軍部による発禁処分に、乱歩が「本当にアブノーマルでグロテスクなのは誰だ」と言いたかったとしても不思議ではない。乱歩の好んだ言葉が「昼は幻、夜の夢こそまこと」だったのは示唆的である。

もちろん、現在の日本でも規制がないわけではなく、あらゆる表現が認められるべきかどうかは別問題だ。

しかし、日本やドイツのかつてきた道を振り返れば、「目に見える世界だけが世界ではない」ことを認められない権力者は、むしろ強迫観念のもと、自分が描いた「現実」にひたすら突っ込むことで、かえって行き詰まりやすいといえる。だとすると、ロシアにおける日本アニメ規制は、プーチン体制のさらなる強権化とともに、その揺らぎをも象徴するのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

国内外の市場の変化、高い緊張感もって注視=城内経済

ビジネス

世界の石油供給過剰予測、ひどく誇張されている=アラ

ワールド

独メルツ首相「欧州は米欧関係を拙速に見限るべきでな

ビジネス

ニデックをBa3に格下げ、見通しネガティブ=ムーデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」の写真がSNSで話題に、見分け方「ABCDEルール」とは?
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の核開発にらみ軍事戦略を強化
  • 4
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 5
    飛行機よりラク? ソウル〜釜山「110分」へ――韓国が…
  • 6
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 7
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 8
    「怖すぎる...」モルディブで凶暴な魚の群れに「襲撃…
  • 9
    サーモンとマグロは要注意...輸入魚に潜む「永遠の化…
  • 10
    宇宙人の存在「開示」がもたらす金融黙示録──英中銀…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 10
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story