コラム

ウクライナ侵攻で進むロシアの頭脳流出──国外脱出する高学歴の若者たち

2022年03月08日(火)11時45分

それにより、国外との移動が完全に停止されるだけでなく、強制的な徴兵も可能となる。だからこそ、徴兵の対象にされやすい若者ほど国外に逃れようとするし、家族がそれを後押ししても不思議でない。

将来的な衰退への道

エスカレートする若者の国外待避は、ロシア自身にとっての大損失だ。

もともとロシアでは国外移住を目指す人々が多く、この20年間で500万人が国を出たが、この傾向は最近特に強くなっており、2016-2019年だけでその数は30万人にのぼるといわれる。この移住者数はヨーロッパ大陸で最大規模である。

特に高学歴の若者ほど国外移住の傾向が強いとみられるが、その大きな要因には「ロシアに機会がない」ことがある。ウクライナ侵攻以前のことだが、フルブライト奨学金を得てアメリカに留学し、修士号までとった女性は、モスクワ・タイムズの取材に、帰国後のロシアでは「海外での評価は過大評価されたもの」といわれて相手にされず、就職もままならいと嘆いていた。

このように閉鎖的なシステムの裏返しで、ロシアではもともと優秀な人ほど国外に流出しやすかったわけだが、ウクライナ侵攻はこれに拍車をかけている。カーネギー財団のアレクセイ・コレスニコフは「この'大脱出'は国家の凋落を意味する」と指摘する。

チャンスのある高学歴の若者ほど国外を目指す「頭脳流出」は、かつてはアフリカなどの貧困国の専売特許だったが、最近では香港などでも確認されている。

「愛国心」の逆効果

こうした'大脱出'は、「愛国心」の逆効果といえる。

プーチン政権はこれまでも愛国心を鼓舞してきたが、ウクライナ侵攻後はそれがさらにエスカレートしている。ロシア政府スポークスマンは3日、反戦デモの頻発に関して「今は分断の時ではない」、「今こそ大統領を中心に一体となるべき」と強調した。極右勢力はこうした論調に足並みを揃えており、それに呼応する有名人や文化人も皆無ではない。

しかし、そこには異論を一切認めない姿勢が鮮明だ。5日、ロシア議会は戦争に関する「フェイクニュース」を拡散した者に最長15年の懲役を科す法律を可決した。

国を愛せよといわれても、自分を愛してはくれず、それどころか多くの国民の窮状や声を無視しながら、一方的に都合よく結束を呼びかける国に、そこまでつき合わなければならないものなのか。「愛国心」が声高に叫ばれれば叫ばれるほど、こうした疑問や不信感がロシアの若者に渦巻いても不思議ではない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英CPI、食品価格データ収集で2月から新手法 若干

ビジネス

米アマゾン、全世界で1.6万人削減 過剰雇用是正と

ビジネス

ドルの基軸通貨としての役割、市場が疑問視も 独当局

ワールド

ロシア軍がキーウ攻撃、2人死亡 オデーサも連夜被害
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化はなぜ不可逆なのか
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 5
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    「恐ろしい...」キリバスの孤島で「体が制御不能」に…
  • 9
    「発生確率100%のパンデミック」専門家が「がん」を…
  • 10
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 8
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 9
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 10
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパ…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story