コラム

世界が直面する核の危機──印パ和平を阻む宗教ナショナリズムとは

2019年03月04日(月)14時00分

インド軍パイロットの解放を祝福するインド市民(2019年3月1日) Amit Dave-REUTERS


・カシミール地方をめぐり、インドとパキスタンの間の衝突は激化している。

・パキスタン側は「和平への意思表示」を示しているが、インドはこれに積極的に応じようとせず、パキスタンもそれ以上の譲歩は難しい。

・両者の対立のエスカレートは核の使用という最悪のシナリオがあり得るが、両国政府は宗教に基づくナショナリズムに絡めとられている。

いずれも核保有国であるインドとパキスタンの間で、国境をめぐる緊張がエスカレートし、国際的な懸念も高まっている。全面衝突がお互いにとって最悪のシナリオとわかりながらも、両国が和平に踏み切れない原因の一端は、いずれの政府もナショナリズムを鼓舞して支持を集めてきたことにある。

インド軍パイロットの解放

3月1日、パキスタン軍に拘束されていたインド軍パイロットが解放された。モディ首相が帰還を祝うメッセージを発したのをはじめ、インド全体がこれを歓迎し、パイロットは一躍英雄になった。

パキスタン政府は今回の解放を「和平への意思表示」と説明している。先月から激化してきたインド―パキスタン国境での衝突が、これ以上エスカレートするのを防ぐための措置だというのだ。

インドとパキスタンはもともと、カシミール地方の領有をめぐって1947年からしばしば衝突を繰り返してきた。1972年には国連の仲介でインド・パキスタン管理ライン(LOC)が設定され、この停戦ラインで分断される領域をそれぞれが実効支配する状況が続いている。

今回、この火種が大きくなったきっかけは、2月14日にインドが実効支配するカシミールのプルワマで、インド治安部隊の車両を狙ったテロ事件が発生し、42人以上が死亡したことにあった。犯行声明を出したイスラーム過激派ジェイシュ・ムハンマドは、パキスタン政府によって支援されているとインド政府は主張。パキスタン政府はこれを否定しているが、報復が報復を呼び、2月27日には1971年以来、初めて両軍機がLOCを超えて活動した。

冒頭で触れたインド軍パイロットは、この際に撃墜され、捕虜になっていた。

危機回避の動き

インド中の関心の的になっていたパイロットの解放によって、パキスタン政府が対立のエスカレートを回避しようとすることは、インドに比べて国力で劣ることからすれば不思議ではない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロイターネクスト:為替介入はまれな状況でのみ容認=

ビジネス

ECB、適時かつ小幅な利下げ必要=イタリア中銀総裁

ビジネス

トヨタ、米インディアナ工場に14億ドル投資 EV生

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story