コラム

岸田政権はアベノミクス超えを目指すのか

2023年06月13日(火)12時46分

企業が資金余剰である「貯蓄超過」ではなく、「投資超過」(資金不足)になるのがより正常な状態であり、企業部門の正常化が起きる時に政府の財政赤字はスムーズに減少する。企業・家計の経済動向を踏まえながら、財政政策を機動的に運営することは経済学の教科書に書いているのだが、保守的な日本の経済官僚からは余りでてこない考えである。財政政策積極化を目指す自民党政治家らの意向が、こうした文言に反映したとみられる。

ちなみに、2022年末時点で、企業の「貯蓄超過」(資金余剰)はGDP比率0.9%、約5兆円(過去1年平均)である。今後、企業部門が投資超過に転じることになれば1990年代前半以来である。既に春闘賃上げ率が1990年代以来の高さとなり、日経平均株価なども33年ぶりの水準まで上昇している。今後、景気回復局面で企業部門の投資超過が常態化すれば、財政政策に頼らずに経済成長が可能になり、これもやはり30年以上ぶりの出来事である。脱デフレ完遂とともに企業の投資行動の積極化するだろうが、この点では日本経済は現時点では正常化の途上にある。

仮に、企業が資金余剰を抱える中で、政府が財政健全化を急ぐと、経済全体の経済成長率を低下させる。先に述べたように、安倍政権の経済政策が金融政策頼みになってしまったのは、基本的な経済理論が軽視されたことを意味する。この教訓を生かして、財政健全化に無理に拘らず、「経済あっての財政再建」を岸田政権が重視しているのかもしれない。期待を込めて言えば、岸田政権は新しい資本主義を標榜しながらも、「アベノミクスへの回帰」から「アベノミクスを超える」対応に発展する可能性を秘めている。

財政政策の方針に関しては幅広い考え方の折衷案

もちろん、骨太の方針では、財政健全化を優先する政治勢力の見解も相応に反映された。「機動的な財政政策」とされながら「経済・財政改革一体改革を着実に推進する」という過去2年同様の文言も維持された。また、明示的ではないが「これまでの財政健全化目標(25年度財政収支黒字化を意味するとみられる)に取り組む」を保つ方針も記載されている。

財政政策の方針に関して自民党政治家の間で幅広い考え方があり、それらの折衷案となっているようにみえる。具体的な歳出規模、増税メニューがどう実現するかは、今後の政治情勢によって変わりうる。子育て支援、防衛費拡大にともない社会保険料引き上げや増税が検討されているが、コロナ後に膨らんだ歳出や余剰金の一部、そして自然増収分を歳出拡大に充てることも可能だろうし、経済情勢に応じて国債発行を拡大することも有力な選択肢になるだろう。

日経平均株価の史上最高値更新も2、3年内に可能

岸田政権が財政健全化に過度に拘る政治勢力に経済政策を任せずに、財政政策の機動性を保ち続ければ、日本経済の正常化はようやく完遂に至るのではないか。そうであれば、33年ぶりの水準まで上昇した日本株についても、今後少なくとも他の先進国程度のパフォーマンスは期待できる。海外株市場次第の側面は大きいが、今後2、3年内の日経平均株価の史上最高値更新も、決して高すぎるハードルではないと筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

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