コラム

岸田政権はアベノミクス超えを目指すのか

2023年06月13日(火)12時46分
岸田文雄首相

岸田政権が財政健全化に過度に拘る政治勢力に経済政策を任せずに、財政政策の機動性を保ち続ければ、日本経済の正常化はようやく完遂に至る? Shuji Kajiyama/REUTERS

<6月7日、2023年の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)の原案が公表された。そこから見えるものとは......>

2023年の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)の原案が6月7日に公表され、閣議決定される見込みである。内容は多岐にわたるが、まず注目された日銀の政策に関する文言だが、「日本銀行においては、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、賃金の上昇を伴う形で、2%の物価安定の目標を持続的・安定的に実現することを期待する」とされた。4月の植田総裁最初の決定会合における声明文で「賃上げ」の文言が加わったことに併せて、政府の文言も変わったので驚きはないが、政府と日銀の意思疎通はしっかり行われていることを意味する。

アベノミクス(=3本の矢)に徐々に回帰しつつある

植田総裁がイールドカーブ・コントロール修正を含めた政策変更に慎重な姿勢を示している一つの理由は、「賃金上昇」を重視する岸田政権の意向が影響しているとみられる。今回の骨太方針では、賃上げや人への投資によって「分厚い中間層を形成」が主要政策として挙げられている。こうした中で、「和製バーナンキ」としてデフレ完全克服の実績を残すことが、植田総裁のインセンティブになっているのかもしれない。また、「金融緩和の弊害」「悪い円安」などがこれまで経済メディアで指摘されてきたが、政府にとってこれらはほとんど問題になっていないということだろう。

そして、マクロ安定化政策が政府・日銀一体で運営されるならば、日銀による金融緩和が続く中で、財政政策もそれと整合的に行われるはずである。安倍政権時代、金融緩和は強化されたが消費増税による緊縮財政がブレーキとなり、金融財政政策が一体で機能しなかったと筆者は評価している。同様の認識が、岸田政権そして自民党政治家の間で一定程度広がっているのだろう。

今回の骨太方針では、「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進めつつ、長らく続いたデフレマインドを払拭し、期待成長率を高めることでデフレに後戻りしないとの認識を広く醸成し、デフレ脱却につなげていく」と明記された。岸田政権は「新しい資本主義」を依然として標榜しているが、当初は分配政策を重視しつつ、アベノミクス転換を念頭に置いていたようにも見えた。ただ、元々経済政策への考えが柔軟だったため、周囲の声を取り入れたことで、アベノミクス(=3本の矢)に徐々に回帰しつつあるのが実情なのではないか。

「アベノミクスを超える」対応に発展する可能性

財政政策健全化については、「経済あっての財政であり、現行の目標年度により、状況に応じたマクロ経済政策の選択肢が歪められてはならない」と昨年と同じ文言が保たれた。関連して注目されるのは、今年の骨太方針で「企業は投資超過から余剰資金を保有する状態である貯蓄超過となり、政府は大きな財政赤字から脱却できずにいる」と明記された点である(この文言は昨年の骨太方針にはなかった)。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

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