コラム

金融緩和で就業機会が増え、女性活躍の土台が整った──次期日銀総裁候補、植田和男氏の指摘について

2023年03月07日(火)19時40分

次期日銀総裁候補・植田和男氏は、黒田体制の金融政策に成果がありこれを継続する考えを示した REUTERS/Issei Kato

<新総裁候補に指名された植田氏が指摘した、女性、高齢者を中心に雇用拡大がみられたというのは、これまで就業を諦めていた方々に職の機会が見つかったことを意味する......>

日銀の黒田総裁が交代する大きな節目を迎えつつあるが、日本の金融市場は落ち着いている。新総裁候補に指名された植田和男氏が国会の聴取において、黒田体制の金融政策に成果がありこれを継続する考えを示したこと、などが市場の安心材料になった。

植田氏は、かつて量的緩和政策に懐疑的な見解を示していたが、考えはやや変わったのかもしれない。黒田日銀が行ってきた金融政策の成果を認識した上で、未完と位置付ける2%インフレ安定の実現を目指すと明言した。

バーナンキ氏や黒田総裁と同様に適切な政策運営への期待

2010年以降米国で量的金融緩和を強化して、経済をデフレの危機から救った元FRB議長のバーナンキ氏と同様の経済学者の経歴を持つ植田氏は、「和製バーナンキ」とも評されている。日本だけが陥ったデフレという問題を完全克服して経済正常化を、優れた経済学者である植田氏が本気で目指すのであれば、バーナンキ氏や黒田総裁と同様に適切な政策運営が実現する。こうした期待を、金融市場は現時点で抱いているとみられる。

具体的に、植田氏は黒田総裁体制下での10年間に対して「必要な施策を実行し、デフレでない状況を作り出した。企業収益の拡大、人口が減少する中でも女性、高齢者を中心に雇用の拡大がみられた。着実な成果が上がっている」と述べた。雇用最大化を目標とされている米FRBの様には、日本銀行は直接的には雇用拡大は求められていない。

ただ、黒田体制下の10年間で2%インフレ安定を追求する政策運営が続いた中で、労働市場が2012年までより大きく改善したのは事実である。デフレ期(1998年~2012年)の失業率は高かったが、2013年以降失業率は大きく低下した。更に重要な点は、金融緩和強化で実現した労働市場の回復がアベノミクスの大きな成果であると、政府与党の数少ない政治家が認識していることだろう。

デフレ不況が深刻だった10年前とはインフレ率の状況が異なるので、植田氏率いる新執行部は金融緩和の手仕舞いを、今後うかがっていくとみられる。ただ、植田日銀が、仮に金融政策の出口を急いで、失業率上昇が起こればどうなるか。2012年以前の日銀と同様に政治的に厳しい立場に陥るだろう。所信聴取での質疑などを通じて、この点を植田氏は認識したのではないか。

過去10年で女性の就業機会が広がった

ところで、植田氏が指摘した、女性、高齢者を中心に雇用拡大がみられたというのは、従前、就業を諦めていた方々に職の機会が見つかったことを意味する。念のためだが、過去10年で女性、高齢者の非正規雇用に偏って雇用が増えた訳ではない。労働市場全般で2013年からの10年間では雇用拡大が起きており、いわゆる正社員と称される労働者の数も増えた。雇用者は2012年末から10年間に+553万人増え、増加率でみれば約+10%である。いわゆる正社員も10年で約+7.5%であり、正社員を含めて、雇用が全般に回復したのが実情である。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米CDC、ワクチンと自閉症の記述変更 「関連性否定

ワールド

「きょうの昼食はおすしとみそ汁」、台湾総統が日本へ

ワールド

中国、日本が「間違った」道を進み続けるなら必要な措

ワールド

ジェトロ、中国で商談会など20件超中止 日本との関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 8
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 9
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story