コラム

「アメリカンレスキュープラン」成立、財政政策の判断基準が大きく変わりつつある

2021年03月25日(木)17時45分

その後、同書に掲載された分析には誤りがあったことが話題になった。そして、現実の世界では、米国を中心に多くの主要先進国では拡張的な財政政策が続き、債務残高は増え続けた。それでも、「国家は破綻する」が指摘した財政破綻などの危機は先進国では起きていない。

その最たる例は日本である。同書の分析で重視されていた債務残高GDP比率は、日本では200%を越えて各国対比では圧倒的に高い。こうした指標を理由に、日本の財政状況は危機的、持続不可能であると過去20年以上にわたり、日本の経済学者などから言われ続けている。

実際には、1990年代後半の金融危機、ITバブル崩壊、リーマンショック、そしてコロナ危機を経て、日本の政府債務残高GDP比率の上昇は続いているが、経済学者などが主張してきた「財政危機」は起きていない。というか、起きる兆しすら見られないというのが筆者の認識である。

筆者は、日本の主要メディアが重宝する経済学者などによる、「財政危機論」には長年懐疑的に考えてきた。「国家は破綻する」が流行した約10年前も、この主張を日本に当てはめるのは適切ではないと考え、当時民主党政権下で決まった消費増税に対しても、筆者は批判的な見解を示した。

というのも、日本では、長年財政金融政策が緊縮的に作用したことで、デフレと低成長を招き、それが税収を落ち込ませたことが財政赤字拡大の主たる要因である、と認識していたからである。このため、財政赤字を改善させるためには、デフレ克服を最優先にすべきであり、拡張的な財政政策を続ける政策が、長期的な財政の持続性をむしろ高めるのである。

危険度を表す指標として債務残高GDP比率は適切ではない

最近、米国では財政政策の危険度や持続性を正確に考えるためには、伝統的に重視されてきた政府債務残高GDP比率は妥当ではないとの主張が注目されている。例えば、ジェイソン・ファーマン、ローレンス・サマーズ両教授の論文"A Reconsideration of Fiscal Policy in the Era of Low Interest Rates"である。

低金利が長期化した先進国においては、経済成長を高め完全雇用を実現する手段として財政政策の有効性は高まっている。そして、超低金利の下では財政政策の危険度を表す指標として、債務残高GDP比率は適切ではなく、政府による利払い比率が、財政政策の危険度を表す適切な指標であると論じている。

こうした主張については、さまざまな議論があり得るが、米国では、現実で起きつつある経済事象の変化に応じて、望ましいマクロ安定化政策が柔軟に議論されている。「国家は破綻する」などの主張に長年疑念を抱いていた筆者にとっても、ファーマン教授らの主張はかなり妥当にみえる。

新型コロナ後でも経済成長率を加速するために

しかし、「日本の財政は既に破綻している」などの筆者に言わせれば極めて非現実的な主張が、日本のメディアでは依然として目立っている。こうした主張が未だに幅広く信じられており、政治的にもかなり強い影響力を持っているのが実情だろう。

ただ、日本において、財政政策に関する考えが根本から変わり経済政策運営が行われれば、米国と同様に新型コロナ後でも経済成長率は加速することはありえる。もっとも、保守的な官僚組織の意向によって、菅政権の経済政策運営が続くならば、それは期待できない。

経済政策の枠組みを変えることを通じて、大きな政治的な資源を得たことが安倍政権が長期政権を実現させた最大の要因だろう。この成功を菅政権が引き継ぐことができるか、それが日本経済の未来を大きく左右すると筆者は考えている。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾閣僚、「中国は武力行使を準備」 陥落すればアジ

ワールド

米控訴裁、中南米4カ国からの移民の保護取り消しを支

ワールド

アングル:米保守派カーク氏殺害の疑い ユタ州在住の

ワールド

米トランプ政権、子ども死亡25例を「新型コロナワク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「AIで十分」事務職が減少...日本企業に人材採用抑制…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story