コラム

「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる

2016年03月11日(金)16時30分

トランプの扇動はウォレスの手法を何段階も進化させたもの

 共和党エスタブリッシュメントに反旗を翻している候補は他にもいる。テッド・クルーズ氏は共和党の急進派であるティー・パーティーと宗教右派の揺るぎない支持を受け、イデオロギーの純粋さでフロントランナーとなる。はずだった。しかしトランプ氏は腹の底から湧き上がる怒りを呼び覚まし、動物的な磁気で有権者を惹きつけ、テッド・クルーズに対しても野蛮で下品な罵倒を浴びせ、自分の方が「強いやつ」なのだという原始的なアピールを成功させてしまった。

 現時点でトランプの集会に集まった支持者たちは決め台詞ごとに歓声を挙げ、熱狂している。

 トランプ「メキシコに、あの壁を作るぞ。その壁の費用は誰が払うんだ?」
 支持者「メキシコだ!」

 という風に。

 支持者たちは興奮し、口々に、
 「トランプさんは、私が使うような言葉で話してくれる」
 と話す。世界有数の大富豪と自分が一対一でつながったかのような親近感を抱いているのだ。トランプは支持者たちに向かって、
 「教養なんてなくても、いい。私は無学な人間が大好きなんだ。学問なんてそれほど要らない。私を支持する人は、すでに頭がいいのだから」
 とおだてる。

 投票の誓いを立てるジェスチャーもきわどい。支持者たちが一斉に右腕を上げる姿は、かつてのナチスの「ハイル・ヒトラー」の仕草に似ている。この姿をリベラル系メディアがその都度拾って話題にするため、参加者はますます「嘘つきメディア」の鼻を明かしたような達成感を味わえる。彼らにとってこの集会こそが「本音」を言っていい場所になる。右手を上げて、
 「USA!USA!USA!」
 と大合唱すれば、みんなで一つになれる。

 トランプの扇動はウォレスの手法を何段階も進化させたものだ。多様化とグローバリズムを嫌う白人男性たちの「本音」に言葉を与え、感動をもたらしている。

 メキシコとの国境沿いに長大な「壁」を建設すると繰り返し、テロの容疑者に対する拷問をより過酷な形で復活させると約束し、KKKによる支持声明を強めに否定せず、それがスキャンダルとして報じられると討論会で自らの男性器をネタにした冗談を言い、さらなるスキャンダルがメディアを駆け巡る中で直前の炎上が忘れ去られる。集会のボルテージが上がり、反対する人間による抗議行動も激化。すべてがトランプのPRとして作用する。まるで手品のような展開だ。プロレスの悪役がいきなり善玉に転ずることがあるように、日頃憎ませておいて時々高邁な理想を語る。「ツンデレ」の大博打だ。

 かつてジョージ・ウォレス知事の演説をジャーナリストが書き起こすと、その内容は支離滅裂だった。しかし現場にいると、同じ演説がまったく異なるリアリティーと迫力を持ち、電気を感じるようだとも報じられた。トランプ氏も同様の術を持っている。演説の全文書き起こしと動画を見比べるとよくわかる。支持者たちは酔い続けている。パーティーで一気飲みのコールをする大学生のように。

 インターネットやソーシャルメディアのおかげで「透明性」が増し、政治家の発言の事実関係をすぐに検証できる時代になった。ネットが民主主義を後押ししているかのようだ。しかしネットには反対の作用もある。個々のユーザーが自分の意見や価値観を肯定してくれる情報のみを取捨選択し、毎日を安易な自己肯定で満たすことも可能になった。

 「ヴァーチャル・リアリティー」とは、「不都合な意見や現実を排除することによって生み出される心地良いユートピア」の別称でもある。気に入らない意見はまとめてブロックすればいい。複雑な現実を「プロレス」に再構築してくれる人物が現れたなら、子供のように素直な気持ちで熱狂できる。そのユートピアを汚すアウトサイダーへの深い憎悪もひたすら蓄積される。

プロフィール

モーリー・ロバートソン

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍。スカパー!「Newsザップ!」、NHK総合「所さん!大変ですよ」などに出演中。

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