コラム

スペインメディアが中立を捨て、自己検閲を行い始めた

2017年12月15日(金)19時29分

「言葉は鳥かごの中に閉じ込められない」

スペイン中央政府がTV3とカタルーニャ・ラジオへの圧力の手を緩めることはない。11月11日には、バルセロナで行われた政治犯釈放を求める参加者75万人(バルセロナ警察発表)にのぼる大規模デモの中継に対して、与党・国民党が「中立的な報道にならない」と難癖をつけ、TV3とカタルーニャ・ラジオによるデモ中継禁止をスペイン選挙管理委員会へ事前に申し入れた。

結局、国民党の申し入れは不採択となり、両メディアはデモを報道した。中継後、選挙管理委員会によって公正な報道だったと結論付けられたにもかかわらず、スペイン政府は「独立派の煽動だ」と非難を続けた。

事態をより深刻化させているのは、首都マドリードを拠点とするマスメディアがスペイン政府に追従し、カタルーニャの公共メディアへの「言論規制」に対して賛成を示唆していることだ。スペインのインテリ中道左派を代表するエル・パイス紙でさえ、TV3を「独立派のプロパガンダ道具」と呼び、「TV3の将来は次回(12月21日)の選挙の報道内容にかかっている」と、国民党と同様の脅し文句を発信し始めている。

従来、エル・パイス紙は、国民党寄りの他の新聞各社とは一線を画していたが、カタルーニャの住民投票を機に、他社と変わらぬ論調が目立っている。この2カ月間で、エル・パイス紙の「イデオロギー規制」を理由に、30年以上も寄稿していた権威ある歴史家で大学教員のジュアン・B・クリャや、著名コラムニストのフランセスク・サレス、作家のジュアン・フランセスク・ミラ、詩人のアンリック・ソリアなど、各界で知名度の高い論客がエル・パイス紙から次々と去っている。

イギリス人ジャーナリストで映画『インビクタス/負けざる者たち』の原作者ジョン・カーリンも、2004年からエル・パイス紙に寄稿していたが、お役御免となった1人。投票後のスペイン国王のスピーチやスペイン警察の暴力を批判し、「(マリアノ・)ラホイ首相は、プッチダモン州首相を裏切り者と非難するが、政治的衝突が暴力を生み、もしカタルーニャが独立を成し遂げたなら、裏切り者はラホイになる」と、英タイムズ紙に書いたことが原因だ。

このように、スペインのジャーナリズムは、中央政府によるカタルーニャへの「言論規制」圧力と自己検閲によって危機的状況に陥っている。

カタルーニャの独立運動は、スペイン人たちの心の中に眠っていた「愛国心」に火を付けた。自国スペインを分裂させる攻撃と受け取っているのかもしれない。ジャーナリストも所詮は人の子だ。9.11同時多発テロ事件の後、アメリカのジャーナリズムに愛国心の風が吹いたのと同様、スペインのジャーナリズムにもそれに似た現象が起こっているように見える。

しかし、この「愛国心」が「憎悪」に変わらないことを祈る。「憎悪」に火が付けば、暴力も戦争も正当化されてしまう。そのためにも感情に訴えず冷静かつ自由な議論が不可欠だ。言論を封じることは非常に危険である。

プロフィール

森本 徹

米ミズーリ大学ジャーナリズムスクール在学中にケニアの日刊紙で写真家としてのキャリアを開始する。卒業後に西アフリカ、2004年にはバルセロナへ拠点を移し、国と民族のアイデンティティーをテーマに、フリーランスとして欧米や日本の媒体で活躍中。2011年に写真集『JAPAN/日本』を出版 。アカシギャラリー(フォトギャラリー&レストラン)を経営、Akashi Photos共同創設者。
ウェブサイト:http://www.torumorimoto.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

フィリピンの大規模な反汚職デモが2日目に、政府の説

ビジネス

野村HD、「調査の事実ない」 インド債券部門巡る報

ビジネス

野村HD、「調査の事実ない」 インド債券部門巡る報

ワールド

韓国、北朝鮮に軍事境界線に関する協議を提案 衝突リ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story