コラム

40年ぶりに観返した『狼たちの午後』はやはりリアルな傑作だった

2025年06月21日(土)19時55分

恋人の男性の性転換手術の費用を稼ぐために銀行襲撃を企てたソニーだけではなく、飛行機に一度も乗ったことがないと告白して女性従業員からお守りを渡されるサルも、決して冷酷で凶暴なタイプではない。

ただし不器用でずさんで思慮が少しだけ浅い。だから事件はどんどん大きくなる。市警だけではなくFBIも駆け付け、群衆はやじ馬気分で銀行を包囲してソニーを英雄視し、テレビ各局はライブで中継を始める。


やがて人質たちとソニーとサルとの間に、不思議な親和性が現れ始める。これをストックホルム症候群と称することは容易だが(実際にほとんどのレビューにはこの言葉が登場する)、こうした型どおりのフレーズにはめ込むことに僕は違和感がある。

人は機械ではない。もっと複雑な生き物だ。そして本質は優しい。ソニーとサルが持つ善良さと無防備さを、人質たちは意識下で感知したのだと僕は解釈したい。

この原稿を書くためにDVDで40年ぶりに観返した。かつてのスクリーンサイズは32型テレビサイズに縮小したけれど、でもいろいろ発見もあった。市警の巡査部長を演じるチャールズ・ダーニングが懐かしい。FBI捜査官を演じるランス・ヘンリクセンは、その後にエイリアンシリーズでアンドロイドを演じた俳優だったと気が付いた。

特筆したいのは照明。夜の銀行内や空港がドキュメンタリーやニュース映像のようにリアルなのだ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

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