コラム

人間の内なる闇と光をホラー映画『来る』に見る

2022年09月16日(金)11時35分
ホラー映画『来る』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<現在と過去、子供と大人、出産と死、ギャグとホラー。あらゆる対位が弁証法的に物語を紡ぐ>

子供の頃、夏の夜のテレビは心霊や超常現象を扱う特番をよく放送していた。でも最近はほとんど見ない。そもそも放送されていない。

もちろんデジタル技術などの発展で、かつてのように牧歌的な心霊写真などが意味を持ちづらくなったという事情はあるだろう。でもそれだけだろうか。メディアは社会の合わせ鏡。ならば超常的な現象に対する社会の関心が減少したのだろうか。

でも(後述するが)心霊への恐怖は本能的な領域でもあるはずだ。時代の影響はあまり受けないと思うのだけど。

いずれにせよ、子供の頃に心霊やUFOなど超常現象の番組を見続けた僕は、テレビの仕事を始めてから、3人の超能力者を被写体にしたドキュメンタリーを演出し、その後もこのジャンルへの取材を重ね、関連の本も何冊か刊行した。

その上での結論としては、心霊や超能力やUFOなど超常的な現象の98%は(99%かもしれない)、プラシーボ(偽薬)効果か錯誤かトリックだ。でも残り2%か1%、プラシーボや錯誤やトリックでは、どうしても説明できない現象が確かにある。それは何度も体験した。

心霊への恐れは、死への恐怖の反転でもあり、切ない願望でもある。その意味では宗教と重なる。

生き物の中で唯一、自らが死ぬことを知った人類は死後の世界を願い、魂は続くと思いたいのだ。だからこそ、この世界とは異質な存在への恐れと憧れは、全ての民族や文化や宗教を超えて、とても普遍的でもある。

CM出身の中島哲也が監督した『嫌われ松子の一生』は衝撃だった。スローモーションやCGなどを一切の抑制なくドラマに挿入し、MVのように音楽に合わせながら短くショットを重ねてゆく編集は、邦画においては画期的だったと思う。

そのタッチが、『来る』ではホラーと融合する。原作は澤村伊智の小説『ぼぎわんが、来る』。水と油のような分離が、やがて攪拌されながら溶け合う。その融合は作品の随所にある。主人公の1人で、物語の端緒である田原秀樹(妻夫木聡)が夢と現実のはざまにいながら、子供時代の恐怖体験に回帰する瞬間の編集は見事だ。

「あれ」本体は最後まで正体を現さないが、平凡な幸せに浸っているはずの田原夫妻が内面では異界へとつながっていたとの経過と描写は、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』でジャックがずっとタイプライターで書いていた原稿の「All work and no play makesJack a dull boy(仕事ばかりで遊ばないとジャックはばかになる)」がスクリーンいっぱいに拡大された瞬間に匹敵する知的な怖さだ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

東証、ニデックを特別注意銘柄に28日指定 内部管理

ビジネス

HSBC、第3四半期に引当金11億ドル計上へ マド

ビジネス

日本国債の大規模入れ替え計画せず、金利上昇で含み損

ビジネス

米FRB議長人事、年内に決定する可能性=トランプ大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story