コラム

反体制を美化せず 全共闘世代が発見した映画『真田風雲録』の価値

2022年04月26日(火)16時30分
『真田風雲録』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<「無駄な抵抗はやめなさい」と呼び掛ける徳川方の武将は60年安保における機動隊であり、作戦会議で「異議なし!」と声を上げる豊臣方は安保反対を主張する革新勢力。真田幸村率いる十勇士は全学連主流派の位置付けに>

観て笑った。驚いた。考えた。

明治・大正期に講談や立川文庫などで国民的ヒーローとなった真田十勇士の物語を、劇作家で脚本家でもある福田善之が戯曲として発表したのは1962年。本作『真田風雲録』はその映画版だ。

当たり前すぎることを書くけれど、映画は時代と切り離せない。ならば1962年はどんな年か。キューバ危機で米ソ間の緊張が高まって世界中が核戦争を覚悟した。ビートルズとボブ・ディランがレコードデビューした。日本では植木等のヒット曲を受けて映画『わかっちゃいるけどやめられねぇ』が製作され、60年安保の熱気と余波が熱く息づいていた。

その60年安保を大坂冬の陣・夏の陣に置き換えて、歌あり踊りありで描いた戯曲は群像劇だったが、映画版は猿飛佐助(萬屋錦之介)と、実は女性のお霧こと霧隠才蔵(渡辺美佐子)のラブロマンスに物語の主軸を置いている。

佐助は幼い頃に飛来した隕石の放射能の影響で、人の心を読む超能力を持ったという設定だ。つまりゴジラの忍者バージョン。ならばメッセージは反核。でも硬直していない。ギャグの気配もある。今ならば炎上案件だ。

圧倒的な兵力で豊臣方を攻撃する徳川方の武将は、豊臣方の兵士に「無駄な抵抗はやめなさい」と呼び掛ける。つまり彼らは60年安保における機動隊であり、その本丸は岸政権だ。そして作戦会議で「異議なし!」と声を上げる豊臣方は安保反対を主張する革新勢力で、真田幸村率いる十勇士は、全学連主流派の位置付けになるのだろう。ギターを手にした由利鎌之助(ミッキー・カーチス)が、行軍中にいきなりカメラに向かって状況の説明を始める。まだ若い米倉斉加年に常田富士男、田中邦衛にジェリー藤尾が歌い踊る。

この合戦がどのように終わるかを、佐助は超能力で知っているはずだ。そしてその絶望は、お霧との切ない恋に終止符を打つ決意に暗示される。百姓は付いてこない、とのせりふが示すように、先鋭化した運動はやがて大衆からの支持を失う。結果は明らかだ。孤立無援となった反権力は権力に鎮圧される。

公開前は東映でも左翼の映画だとの声があったようだが、監督の加藤泰は決して反体制を美化しない。かっこよく死にたいが口癖の真田幸村(千秋実)は、転んで刀が刺さってかっこ悪いとつぶやきながら死ぬ。大坂城本丸で最期を覚悟したニヒルな大野修理(佐藤慶)は、火に巻かれて「熱くなってきたな」とつぶやき、しばらく我慢してから「熱い!」と叫んで跳び上がって死ぬ。しかもその瞬間にストップモーションだ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB、0.25%の利下げ決定 昨年12月以来6会

ビジネス

FRB独立性侵害なら「深刻な影響」、独連銀総裁が警

ワールド

核問題巡り平行線、イランと欧州3カ国が外相協議

ビジネス

ユーチューブ、メディア収益でディズニー超えへ AI
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story