コラム

様式美がクセになる『男はつらいよ』シリーズの不器用で切ない例外

2021年12月10日(金)11時15分

でも出演回数が最も多いマドンナであるリリー(浅丘ルリ子)との関係は、その様式から外れていた。『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』では明らかに2人は相思相愛で、一線を越えた関係になったと思わせるシーンもある。さくらがリリーに兄と結婚してくれないかと頼んだとき、リリーは真顔で「いいわよ。あたしみたいな女でよかったら」と答える。喜ぶとらやの面々。そこへ帰ってきた寅次郎にさくらはリリーの返事を伝えるが、「冗談なんだろ」と真顔で寅次郎はリリーに言い、リリーは笑顔で「そう、冗談に決まってるじゃない」と返す。恋愛ドラマとしてはやっぱり様式美ではあるけれど、2人の不器用さが切ない名シーンだ。

全作を通じてタコ社長を演じた太宰久雄は、渥美清が死去した2年後の98年に逝去した。終盤の作品では、ずいぶん痩せていた。これじゃタコじゃなくてイカ社長だと笑っていたという。なんか切ない。寅さんもタコ社長も、おいちゃんもおばちゃんも御前様ももういない。今の僕にとって『男はつらいよ』は、一言にすれば切ない映画だ。

magmori211209_torasan2.jpg『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(1975年)
監督/山田洋次
出演/渥美清、倍賞千恵子、浅丘ルリ子、船越英二

<本誌2021年12月14日号掲載>

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

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