コラム

映画『村八分』で描かれる閉鎖性は、日本社会の縮図であり原点

2021年11月12日(金)11時00分
『村八分』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<法よりも道徳が大切? 村ぐるみの替え玉投票を告発した女子高生とその家族に向けられる怒り──テーマはまさしく同調圧力だ>

決め付けて申し訳ないけれど、この映画を観た人はとても少ないと思う。僕は存在すら知らなかった。再来年公開予定の僕の劇映画のプロデューサーである井上淳一から、「作りはともかく内容は参考になるかも」と渡されたDVDで視聴した。

『村八分』の公開は1953年。製作は近代映画協会と現代ぷろだくしょん。脚本は新藤兼人で、監督はこれがデビュー作となる今泉善珠(よしたま)。

ほとんど期待せずにソファに寝転がって観始めた。でも始まって20分を過ぎた頃、僕は居ずまいを正していた。この映画はすごい。

1952年に静岡県富士郡上野村(現・富士宮市)で起きた人権侵害事件を題材にしたこの映画は、静岡県の参院補欠選挙の発表の日から始まる。朝陽新聞(実際にはもちろん朝日新聞)静岡支局の本多記者(山村聡)は、野田村で大規模な替え玉投票が行われていたことを訴える投書を入手した。投書の主は野田村在住の女子高生、吉川満江(中原早苗)。村を取材した本多は、役場が主導する形で不正投票が行われていたことを突き止める。その記事が朝陽新聞に掲載され、司法当局と警察が捜査を始める。

村の有力者の言うままにしていた村人たちはパニックだ。その怒りは投書を書いた満江とその家族に向けられる。

つまり村八分だ。

映画の中盤までは、その村八分の様子が克明に描かれる。ちょうど種まきの時期なのに、村で共有している牛や馬を吉川家は貸してもらえない。満江が通う高校の校長は、法よりも道徳が大切だと遠回しに満江を戒める。でも社会科担当教師の香山(乙羽信子)は、あなたは間違っていない、と満江を励まし続ける。

状況を知った本多記者は、この村八分についても記事にする。多くの新聞や雑誌、そしてラジオの取材が村に押し掛ける。ただしメディアは、吉川家を救わなかった。本多のキャラクターもかなりいいかげんだ。意図したかどうか分からないが、70年近く前の映画なのに、今と変わらないメディアの問題が提起されている。

特筆すべきは村の閉鎖性と普遍性だ。いくら記事を書いても状況は変わらないことにいら立った本多が、「泥沼にくいを打ち込んでいるみたいだ」と妻に言って、「日本中が泥沼さ」と続けるシーンがある。ラジオの取材でマイクを向けられた村人は「吉川満江さんをどう思うか」と問われ、「何も考えてない」と即答する。満江の高校で「生徒大会」が行われ、「純朴な村人たちだ」との意見に「だから悪い人に利用されるんだ」と反論の声が上がる。安易に善悪を対置させることを敢然と拒否している。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本経済「持ち直しの見方、変わらず」=植田日銀総裁

ワールド

大統領選後に拘束記者解放、トランプ氏投稿 プーチン

ビジネス

ドイツ銀行、9年ぶりに円債発行 643億円

ビジネス

中国は過剰生産能力を認識すべき、G7で対応協議へ=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結果を発表

  • 2

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決するとき

  • 3

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレドニアで非常事態が宣言されたか

  • 4

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 5

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の…

  • 6

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 10

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 10

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story