コラム

大竹伸朗は、いかに人と違った経験と生き抜く力でアーティストの道を開拓していったか

2022年10月31日(月)11時25分

この「スクラップブック」シリーズは、後に着手することになる「ビル景」シリーズとともに大竹の代表作かつライフワークとなっていくのだが、それと同時に、その後の、香港やベルリン、ニューヨーク、日本各地へと機会あるごとに旅に出て、その土地で出会った人や、道で拾ったゴミやガラクタ、さらにはその場所のノイズや空気から触発されて作品を作るスタイルも確立されていった。

1978年に帰国・復学後は、銅版画やリトグラフ、シルクスクリーンなどの版画作品、印刷物や印画紙、フィルムによる作品を手掛けるとともに、音楽活動を開始。翌年、イラストレーションコンテストで最高賞を受賞したり、初めて盆栽雑誌や文芸誌、音楽誌のカットやポスター挿画の仕事を受ける。

また、卒業後の1980年には再びロンドンに渡り、ラッセル・ミルズらとともにDOMEによるサウンド・パフォーマンスを行うだけでなく、今度はノイズ・バンドを結成し、アルバムも5枚リリース。1978年に開始したノイズ・バンドは2年後に自然消滅してしまうが、この年、最初の印刷本「L.T.D」(東京オペレーションセンター刊)を刊行し、ギャラリーで初の個展も開催している。その後、1986年に出版した初の画集『《倫敦/香港》一九八〇』の豪華版が、同年の造本装幀コンクールで日本書籍出版協会理事長賞(豪華本部門)を受賞し、翌年にはADC最高賞も受賞。また、1985年にはICAロンドンで海外初の個展、1987年には佐賀町エキジビット・スペースで個展「大竹伸朗展 1984-1987」が開催され、大きな脚光を浴びることとなった。

1970年代末から80年代前半は、西武百貨店が牽引するいわゆるセゾンカルチャーが台頭し、物質的な豊かさから精神的な豊かさへ、ものから情報への移行のもと、文化的なヒエラルキーが解体され、多様性と解放、越境へと向かった時代といわれる。アート界では、ポストもの派と呼ばれる活動や、環境を取り込むコンセプチュアルなインスタレーションプロジェクトなどが台頭し、当初は「絵を描くなんて時代遅れ」と馬鹿にされるような雰囲気を感じていたという。

しかし、その後、欧米から表現主義的な絵画の動向であるニューペインティングが紹介されると、一転して「ニューペインティングの寵児」などと呼ばれるようになり、美術業界の相変わらずの欧米礼賛主義や逆輸入文化崇拝による島国根性の嘘っぽさを身に染みて感じるきっかけとなった感じることもあったようだ。


「大竹は宇和島にいるから面白い」――現代アーティスト、大竹伸朗が探究する「日常」と「アート」の境界線 に続く。


※この記事は「ベネッセアートサイト直島」からの転載です。

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プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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