コラム

大竹伸朗は、いかに人と違った経験と生き抜く力でアーティストの道を開拓していったか

2022年10月31日(月)11時25分

大竹伸朗は、1980年代初頭以降、様々なものやイメージを多層的にコラージュする手法による絵画、8ミリフィルム映像、ノイズ・ミュージックといった多様なメディアを用いた作品を手掛け、大きな注目を得るようになる。異分野のアーティストとの協働を含む旺盛な制作活動を通して、現代アートの世界に留まらない幅広い影響力を持つが、現代アートの難解さや権威と一定の距離をとってきたことなどもあり、2006年に東京都現代美術館で開催された個展のような主要美術館での大規模な個展が開かれるようになったのは、意外にも比較的近年のことである。

一方で大竹は、1990年代前半から現在まで約30年間にわたり、瀬戸内海の離島に継続的に関わり、まるで島々に展示室が分散され、全体でひとつの美術館を構成しているような壮大な夢の美術館のかたちを想起させる数々のプロジェクトを実現してきたのである。

高度経済成長期の記憶の風景

大竹伸朗は1955年、一般家庭に電化製品が普及し始めた高度経済成長期に東京都目黒区に生まれ、大田区、豊島区、練馬区などで育った。なかでも、大竹の記憶の原風景は、2歳から8歳くらいまでを過ごした京浜工業地帯の町工場が密集する大田区南六郷にあり、溶鉱炉のある工場や外国人の行き交う羽田国際空港、街中の銭湯や駄菓子屋のある商店街といった、1964年の東京オリンピックで大きく変貌する前ののどかさが感じられた東京の姿が脳裏に深く刻まれているという。

父親は鞄屋、蕎麦屋など様々な仕事を手掛けるが、根本的に手仕事が好きな人であり、母親は三味線や小唄・長唄をたしなみ、幼少期の大竹が、母親が毎週火曜日に通う新橋の稽古場について行った記憶が今でも鮮明に残っているという。

また、テレビが普及し始めるなか、アメリカのテレビ番組に映し出される夢のように豊かな生活に「文化洗脳」されるとともに、小学生の頃には、ちばてつや氏や手塚治虫氏らに憧れて漫画家を夢見るようになる。

引っ越した池袋や練馬区界隈には漫画家が多く住んでいた。自転車で行ける距離にあった手塚治虫創設の虫プロダクションや漫画家の仕事場に絵を描いたノートを持って行き、TVアニメ用の使用済のセル画をもらったり、手塚治虫氏に家に招き入れてもらったり、ちばてつや氏にサインをもらったりもしている。絵が上手かった大竹は、絵を介して友達を得るとともに、当時の若いスター漫画家たちの近所の子供たちへのやさしい対応にも触れることとなった。

この頃、大竹は8歳年上の兄の影響で音楽にも興味を持つようになる。テレビ局でアルバイトをしていた兄が借りてくる輸入レコードの楽曲だけでなく、ジャケットデザインにも大きく魅了されたようだ。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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