コラム

今、あらためて考える草間彌生という存在──永遠の闘い、愛、生きること(1)

2022年07月07日(木)10時35分
草間彌生

草間彌生《南瓜》1994 ©YAYOI KUSAMA 写真:安斎重男

<直島のシンボルとも言える黄色い《南瓜》。草間彌生という稀有な存在について、過去を振り返りつつ、改めて考えるシリーズ第1回>

桟橋で孤高に佇む《南瓜》

2021年8月、ベネッセアートサイト直島、いや、今や直島のシンボルとも捉えられるようになった草間彌生の黄色い《南瓜》が台風で波にさらわれる映像が世界中に拡散され、国内外で大きな反響を巻き起こすことになった。

本作については、以前から台風予測にあわせて、事前に南瓜を移動させる避難措置が取られてきたが、その日は予想ルートに入っていなかったにもかかわらず、突然の強風で一瞬にして海に流されてしまった。

その後、すぐに回収され、作家を含む関係者との協議のもと、今後の新たな対策が施されることになったが(注1)、従来の想定をはるかに超えて益々荒ぶる自然の驚異や気候変動の深刻さ、日常の一瞬がスペクタクルになってしまうSNS時代のリアルを実感するとともに、世界中から届く、作品は大丈夫なのかと気遣う声の多さに、改めて、草間彌生という稀有な存在について、そして作品がこの場所にある意味やメッセージなどについて、過去を振り返りつつ考えてみる必要があるように思えた。

黄色い《南瓜》は、1992年に開館した安藤忠雄設計によるホテルと美術館が一体化したベネッセハウス ミュージアムで、1994年に周囲の自然環境のなかに作品を設置する野外展「Open Air'94 "Out of Bounds"―海景の中の現代美術展―」が開催された際に、制作設置されたものだ(注2)。草間は同年から野外彫刻に取り組んでおり、本作は初めて野外での展示を念頭につくられた作品群のひとつであり、かつ高さ 2 メートル、幅 2.5 メートルというサイズは、それまでに制作された南瓜彫刻のなかで最大級であった。

当初は展覧会のための仮設展示の予定だったが、会期終了後、この黄色い《南瓜》だけでなく、海の景色との結びつきのある4作品が恒久的に残されることとなり、そのことは、その後のベネッセアートサイト直島の活動における「自然と建築とアートの共生」という方向性形成に繋がっていった。

今や国内外に「アートの島」として知られるようになった直島だが、作品が設置された1990年代前半は、ベネッセアートサイト直島の黎明期であり、島民にさえあまり周知されておらず、ホテルや展示室のなかで、他に誰にも会わないこともあるほど(それはそれで大変贅沢ではあるが)、訪問者数は限られていた。どちらかというと、知る人ぞ知る的な場所であり、他に島内での食事場所自体、うどん屋が一軒だけという感じだったように記憶している。

一方、草間も、1980年代まではどちらかというとマージナルな立場と捉えられていたが、ベネッセアートサイト直島が始動した1990年頃を境に徐々に再評価の機運が高まり、遂に1993年のヴェネツィア・ビエンナーレでは日本館代表に選出されるに至っている。

注1. 再設置の日程は2022年6月現在協議中。
注2. 南條史生と秋元雄史のキュレーションで、11人/組(大竹伸朗、岡﨑乾二郎、片瀬和夫、草間彌生、小山穂太郎、杉本博司、テクノクラート、中野渡尉隆、PH スタジオ、 枀の木タクヤ、村上隆)が参加。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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