コラム

突然躍進したBYD

2023年05月18日(木)14時00分

第四に、BYDは広範な自動車部品を子会社で作っている。BYDは車載電池の有力メーカーでもあり、自動車の床下に納まるブレードバッテリーなどの独自技術を持っていることで知られているが、その他に自動車用ランプとミラー、サスペンション、ワイヤーハーネス、シートベルト、金型(日本のオギハラの館林工場を買収した)、車載ICなども作っているのである。日本ではランプといえば小糸製作所、ワイヤーハーネスといえば矢崎総業、シートベルトといえば東海理化といった具合にそれぞれ専門メーカーがあって、自動車メーカーは専門メーカーから調達するのが通例なので、BYDがこうした部品まで垂直統合しているのはかなり異例である。

過度な垂直統合はコスト高の弊害を招きがちだが、半導体不足など自動車産業のサプライ・チェーンが乱れた2022年にはそれがかえってBYDの強みになったようである。

前述の日経新聞の記事によると、BYDは2023年には生産台数をさらに2倍にして、年産360万台を目指しているのだという。果たしてそんなとてつもない成長が可能なのであろうか。BYDのEV生産能力は現状でも290万台分あり、加えて部品を子会社から調達できるから、供給能力の面では2倍増はできそうである。問題は需要である。果たしてそんなに多くの人がBYDの車を買うのだろうか。2023年1~3月の生産実績は56万台で、昨年同期より94%多く、2倍増ペースではあるものの、年内にさらに尻上がりに生産を増やしていかないと300万台を超えることは難しい。

急成長するBYDやテスラとは対照的に、日本の自動車メーカーは急速に衰退している。図1で示したようにマツダの生産台数は2017年度の163万台から2022年度の111万台に減少したし、日産も2017年度の577万台から2022年度の331万台へ急減している。ホンダは2018年度までは右肩上がりで532万台まで伸びたが、その後急落し、2022年度は382万台となった。もしBYDの成長の勢いがこのまま続けば、今年か来年(2024年)には日産とホンダを追い抜く可能性がある。

こうした現状に対して日本での危機意識は鈍いといわざるを得ない。経済産業省は10年ぐらい前から「日本経済は自動車産業の一本足打法だ」と言い続けてきた。その意図は、自動車産業以外にも強い産業を育てなければならないということなのだが、他方で自動車産業における日本の優位は揺るがないという認識も示していた。ところが、いまやその一本足の行方も怪しくなっているのである。

メディアの責任も大きい。最近の『日経ビジネス』(2023年5月15日号)にマツダの特集「マツダの逆張り経営、EV時代へ『急がば回れ』」が載った。それによれば、マツダの経営陣もEVシフトしないことにはジリ貧を脱することができないことを承知しており、2020年代後半にはEVを本格投入する計画なのだが、準備と資金が不足しているため、すぐにはEV生産にとりかかれないのだという。要するにマツダの経営者の決断が遅かったためEVシフトに乗り遅れてしまったのだが、こともあろうに『日経ビジネス』はそれを「逆張り戦略」だなどと持てはやしているのである。

もしマツダがあくまでガソリンエンジンの改良を通じて低排出を追求するのだというのであれば、それは「逆張り戦略」といっても差し支えない。(但し、成功するとは思わないが。)しかし、現実には単に決断が遅かったためにジリ貧に向かっているだけであり、それは急速に衰えている他の日本の自動車メーカーも同様であろう。嫌われるのを覚悟でそうした厳しい現実を指摘するのがメディアの責任ではないだろうか。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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