コラム

中国への怒りを煽るトランプの再選戦略の危うさ

2020年05月20日(水)17時20分

だが、果たしてこれらの前提は正しいのだろうか?

少なくともアメリカの半導体産業界はそう考えていない。アメリカの国際半導体製造装置材料協会(SEMI)はトランプ大統領宛の公開書簡のなかで、この規制強化は「アメリカの半導体製造装置の輸出を阻害し、研究開発に打撃を与え、技術流出を招く。輸出の減少によってアメリカの貿易赤字が拡大する」と強い口調で見直しを訴えている。つまり、TSMCなどIC製造受託企業は、アメリカの規制強化がなされた場合には、ファーウェイからの受注するのをやめるのではなく、アメリカ産製造装置を他国産のものに切り替えると予想しているのである。

もしアメリカ政府が規制を強化して、アメリカの半導体産業と中国とを完全にデカップリング(切り離し)するのであれば、衰退するのは中国ではなくアメリカの半導体産業だと、アメリカ半導体工業会(SIA)がボストン・コンサルティング・グループに委託して作成したレポートが警告している(Antonio Varas and Raj Varadarajan, How Restrictions to Trade with China Could End US Leadership in Semiconductors. Boston Consulting Group, 2020.)。

アメリカ政府は、中国がハイテク産業政策「中国製造2025」でICの国産化を推進していることに警戒心を高めているが、このレポートによれば、この政策の効果はせいぜい中国系ICメーカーの世界シェアを現行の3%から7~10%に高める程度である。それによってアメリカの半導体産業の世界シェアは48%から43~45%に下がるが、アメリカの絶対的優位は揺らがない。

アメリカ半導体産業の衰退?

ところが、アメリカ政府が中国への半導体輸出を規制し、さらにアメリカ製の半導体製造装置を使って中国からIC製造を受注することまで規制するならば、中国はICを自国で作るようになるし、中国からIC製造を受注する企業はアメリカの製造装置を使わないようになる。そのため、アメリカの半導体産業全体が衰退し、その世界シェアは30%まで下落し、韓国もしくは中国にトップを奪われることになる。

アメリカの産業界からこれほどの反対を受ける輸出規制の強化は、アメリカの産業の保護を目的とするものではありえない。それは、トランプ政権の重要課題である貿易赤字の削減にもマイナスの効果しかもたらさないだろう。

その目的は「アメリカの安全保障」だというのだが、アメリカ産の部品を使ってスマホを作り、中国や第3国に売ることがいったいどうしてアメリカの安全を脅かすのだろう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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