コラム

中国当局がひた隠すスラム街の存在

2018年12月10日(月)20時43分

スラム街のなかの商店街。人が集まると誰かが食堂や商店を開いて儲けようとするたくましさは中国らしい(筆者撮影)

<新興国の大都市には付き物のスラムが、北京には見当たらない。見つけたのは日本の山谷のような労働者街だったが、山谷とは大きな違いがある。行政に存在を無視されているのだ>

1人あたりGDPが5000ドルから1万ドルぐらいの水準にある国では大都市の周囲にほとんど必ずといっていいほどスラム街が存在する。

10月に訪れたブラジルのリオデジャネイロやサンパウロ、ペルーのリマにもスラム街があった。

リオでは、カルロス・ゴーンさんの別荘があるというコパカバーナ海岸から裏山の方角に目をやれば、そこにファヴェーラ(favela)と呼ばれるスラム街がみえる。リオのそこかしこにある小高い丘はおおかたレンガ積みの小屋に覆われたスラム街である。

ペルーのリマでも大統領府やリマ大聖堂がある美しい広場から大通りに出れば、道のかなたの丘に貧民区が見える。

コパカバーナ海岸のマンションに住む富裕層といえども、視界のなかにファヴェーラが必ず目に入るから貧困から目を背けることができない。それだけではない。リオのファヴェーラでは麻薬ギャングどうしの抗争が絶えず、毎日のように発砲や殺人が起きるので、時には流れ弾も飛んでくる。リオでは発砲があった場所をスマホ上に知らせるアプリまであるほどだ。アハスタォン(arrastão、本来の意味は地引網)といって、ファヴェーラから出撃した盗賊団が海岸などで一斉に強盗することもあるらしい。

中国に「スラムはない」?

中国の一人当たりGDPは8827ドル(2017年)と、まさにスラムがありそうな水準にある。だが、北京を歩いてもスラム街は目に入ってこない。北京市民に貧民街はどこですか、と尋ねても、たぶん「そんなものはない」とか「知らない」という答えが返ってくるだろう。ある程度事情が分かっている人でも「去年まではあったが市政府が取り締まった結果、消滅した」というだろう。

去年まであったスラム街というのは、2017年11月にアパート火災で19人が亡くなる事件が起きた西紅門鎮新建村のことを指す。北京市政府は火災の後、このスラム街に住んでいた4万人ともいわれる出稼ぎ労働者たちに直ちに立ち退くよう命令し、スラム街は火災の2週間後に廃墟になった。12月末に私がその場所を訪れたときにはもう半分取り壊されてがれきの山になっていた。

だが、北京の生活を少しでも体験すれば、この町の経済が出稼ぎ労働者たちによって支えられていることがわかるだろう。外食産業の従業員、ビルの警備員など街で働く人の多くが出稼ぎ労働者である。北京市内には自動車や電気製品の工場も多数あり、大勢の労働者が働いているが、その多くも出稼ぎ労働者である。北京では80平米のアパートの価格が平均的な年収の50年分以上となっている。出稼ぎ労働者が普通のアパートに住めるはずはない。ではどこに住んでいるのだろうか。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

サマーズ氏、公的活動から退くと表明 「エプスタイン

ワールド

米シャーロットの移民摘発、2日間で130人以上拘束

ビジネス

高市政権の経済対策「柱だて」追加へ、新たに予備費計

ビジネス

アングル:長期金利1.8%視野、「責任ある積極財政
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story