コラム

映画『グレートウォール』を作った中国のコンテンツ帝国が崩壊の危機

2017年08月17日(木)14時30分

2016年にも楽視網とシャオミは激突した。シャオミはテレビの製造・販売にも進出しているが、シャオミが自社のテレビを買えば愛奇芸の有料コンテンツの会費を無料にする、と宣伝したのに対抗し、楽視網は自社のコンテンツの有料会員(3年分)になれば43インチの液晶テレビをタダで贈呈するとぶち上げたのである。

もっとも、楽視網のビジネスモデルが無謀なものであったかというと必ずしもそうではない。日本ではむしろ楽視網のようなビジネスモデルのほうが一般的である。例えば、私が加入しているケーブルテレビ・インターネット接続会社もセットトップボックスやWiFiルーター、工事費などは無料で提供し、毎月の会費だけ支払えばいい仕組みだし、日本では携帯電話キャリアが長年端末を0円とか1円とかで提供してきた。

再び個人的な話で恐縮だが、私の最初の携帯電話は抽選に当たってタダで手に入れたものだ。レンタルビデオ屋さんでくじを引いたら当たったのだが、雰囲気からしておそらく箱の中のくじはすべて「当たり」だったのだと思う。0円など極端に安い端末で顧客を釣り、i-modeなどの独自のコンテンツに慣れさせ、固有のメールアドレスを使わせて他社へ切り替えるのを難しくし、あとは高い通信料でたんまり回収する、というのが日本の携帯電話キャリアのビジネスモデルである。

「テレビ無料贈呈」キャンペーンも

総務省はこうしたビジネスモデルが日本の携帯電話産業をガラパゴス化させた元凶だとして実質0円での販売を禁止したり、携帯番号ポータビリティ(MNP)を実施したり、さまざまな策を講じてきたが、はかばかしい効果はなかった。今でもキャリアを通じてiPhoneを買えば端末代が7割以上返金される仕組みになっている。2年の間に返金される額は43インチの液晶テレビが買えてしまうほどである。楽視網の「テレビ無料贈呈」キャンペーンは一見奇抜にみえて、実は日本の携帯電話キャリアがやっていることと同じなのである。いまやどこの携帯電話キャリアに加入してもスマホで使うアプリは同じなので、コンテンツによってユーザーを囲い込むことは難しくなっているのに、なぜ各キャリアがいまだに端末代の大幅ディスカウントによって顧客を囲い込もうとするのか、私には理解不能である。

ただ、ハードウェア無料でコンテンツ有料というのは日本では通用しても中国では受けがよくないようである。楽視網は結局ライバルと見なしたシャオミについぞ追いつくことはなかった。2016年には楽視網のビジネスモデルは失敗だと見なされて株価は急落し、投資ファンドも離れ始めた。楽視網は中国映画の巨匠、チャン・イーモウ(張芸謀)を子会社の楽視影業に招いて映画『グレートウォール』を作ったが、これは内容的にも興業的にも失敗だった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設

ワールド

ロシア経済、悲観シナリオでは失速・ルーブル急落も=

ビジネス

ボーイング、7四半期ぶり減収 737事故の影響重し

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story