コラム

大学進学率は20%!「最強の小国」スイスの競争戦略

2017年05月12日(金)16時23分

【天】日本に負けた「クオーツ・ショック」を国全体の教訓に

「天」とは、「天の時」という表現に示されるように、外部環境の中長期的な変化を競合に先んじて予測し、壮大なグランドデザインから計画的に大きな目標を実現していくためのタイミング戦略である。

スイスでは、1970年代に日本メーカーがクオーツ時計を実用化したことにより、時計産業が壊滅的な影響を受けたことを現在でも国全体の教訓にしている。

その当時、機械式時計が主流だったスイスの時計産業はまさに存亡の危機を迎えたが、スウォッチが「低価格×ファッショナブル」というポジショニング戦略で息を吹き返し、その後、同国の名門ブランドであるオメガ、ロンジン、ラドーなどを続々と買収、グループ全体でのブランド戦略が功を奏し、同社グループは世界一の時計メーカーとなった。

現在の時計メーカーの売上高ランキングでは、1位:スウォッチグループ、2位:リシュモングループ、3位:ロレックスと、スイス勢が上位を独占している。

【参考記事】チーズ×牛革で100%スイスメイド ワンオフ腕時計のこだわりとは?

「クオーツ・ショック」を教訓とするスイスでは、政治・経済・社会・技術の変化を予測し、他国に先駆けて戦略を実行することが小国としての生命線であるとの共通認識がある。「IoT時代」や「第4次産業革命」と呼ばれる現在のメガテックの変化においても、同国では他国に先行しているとの自負をもっている。

同国の金融機関であるUBSは、2016年の世界経済フォーラムにおいて「第4次産業革命に最もよく対応できる国」ランキングを発表している。労働市場の柔軟性、技術水準、教育水準、インフラ水準、法的保護の5つの要素をもとに各国を評価したものであるが、これによるとスイスが第1位となっている。

自国の金融機関による分析であることから多少は割り引いて考える必要はあるものと思われるが、同国が第4次産業革命においてもリーディングカントリーとなることを意識して動いていることは間違いあるまい。

なお、「天の時」というタイミング戦略において見逃せないのは、スイスが数多くの国際機関の本部を誘致していることである。

国際業務を行う銀行のルールを決める国際決済銀行(BIS)の本部もバーゼルにあり、そのルールがバーゼル規制と呼ばれているのは有名なところであろう。このほか、国際オリンピック委員会(IOC)や国際サッカー連盟(FIFA)の本部などもスイスにあり、まさに「ゲームのルール」を決める国際機関を内在させていることも「天の時」において大きな強みになっていると言えよう。

【地】グローバル企業とグローバル人材を呼び込むための環境整備

前述したようにスイスは「小国」であるが、何より国内市場の規模が小さいことが最大の難点の1つとなっている。

すなわち国力という観点からは極めて不利な地理的環境に置かれているわけだが、「高付加価値×スイスブランド×グローバル」に特化して競争力を高めるというグランドデザインを描き、実際に世界最高水準の競争力を維持していることは既に述べた通りだ。

それぞれの産業においては高付加価値の分野に特化し、国内市場の規模が小さいという難点に対してはスイスブランドという競争優位を最大限に生かし、最初から世界市場を目指すことで競争力を高めてきたのである。

とはいえ、こうしたグランドデザインを実現するのは容易なことではない。そのために必要なヒト・モノ・カネを国内外から引き寄せることが不可欠であるからだ。

実際にスイスでは、グローバル企業の本社機能や研究機関等を招致することや、グローバル人材を呼び込むことに腐心してきた。それは、高付加価値の分野に特化して産業や企業を育成していくためには、グローバル企業やグローバル人材を引き付けることが不可欠であり、両者は表裏一体の関係にあるからだ。企業と人材の両者が揃うことで国の競争力や生産性が高められることになる。

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米P&G、通期コア利益見通し上方修正 堅調な需要や

ワールド

男が焼身自殺か、NY裁判所前 トランプ氏は標的でな

ビジネス

ECB、6月以降の数回利下げ予想は妥当=エストニア

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story