コラム

世界屈指のドキュメンタリー監督が「次は金になる映画にする」と語った夜

2018年01月11日(木)21時08分

于広義(ユー・グァンイー)監督(右)と新橋の居酒屋で語り合った(写真提供:筆者)

<中国のドキュメンタリー映画は日本よりレベルが高いぐらいだが、東京フィルメックスで上映された『シャーマンの夜』の于広義(ユー・グァンイー)監督は私にこんな本音をもらした>

こんにちは、新宿案内人の李小牧です。

第18回東京フィルメックスで『シャーマンの村』(原題は『跳大神』)という中国映画を見た。これが素晴らしい映画だった。中国にはいまだにシャーマンが存在する。農村では病気になっても病院に行かず、シャーマンに頼んで祈祷してもらう人がまだまだいるのだ。映画は2007年から5年にわたりシャーマンの村を撮り続けたという力作だ。

上映後、来日した于広義(ユー・グァンイー)監督と酒を酌み交わしつつ話を聞いた。于監督は1961年生まれ。2004年から映画監督となり、今回の『シャーマンの村』が第4作だ。

ソウル国際映画祭の最優秀監督賞を2007年、2008年と2年連続で受賞。その他にも世界各国の映画祭でさまざまな賞を受賞しており、東京フィルメックスにも4回招かれている。中国、いや世界でも屈指のドキュメンタリー映画監督だろう。

(東京フィルメックスの会場で行われた于広義監督のトークセッション)


だが、新橋の高架下にある居酒屋で杯を交わした于監督の表情は浮かないようだった。酔いが回るうちに彼はぽろっと本音をこぼした。

「もうこんな儲からない映画はやめるつもりだ。次の作品は金になる映画にするよ」

日本でもドキュメンタリー映画は金にならないが、中国でははるかに厳しいものがある。社会問題を描いた作品は中国国内で公開することすら許されないのだ。海外の映画祭でどれだけ高評価を得ても、中国国内では誰も見てくれない。そんな寂しい状況がある。中国政府が認める映画を撮らないかぎり、大学の映画学部の教員になることも難しい。

于監督の嘆きを聞きながら、私は1人の知人を思い浮かべていた。顧桃(グー・タオ)。やはりドキュメンタリー映画監督だ。彼も国際映画祭で数々の受賞を誇る名監督だが、中国国内での上映を許されず貧困にあえいでいる。

およそ1年前だろうか、金がないからという理由で北京の住まいを引き払い、故郷の内モンゴル自治区へと帰って行った。昨年彼の家を訪ねたが、いまだに仕事が見つからず苦しんでいた。また映画を作りたいとの熱意は失っていないが、彼の夢を実現できる日は来るのだろうか。

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右から2番目が顧桃(グー・タオ)監督(2017年8月、内モンゴル自治区フフホト市の草原にて。写真提供:筆者)

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

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