コラム

SNSを駆使する「140字の戦争」 ニュースを制するのは誰か

2019年08月02日(金)19時00分

アメリカのトランプ大統領やイスラエルのネタニヤフ首相はパレスチナ人を陥れる「物語」を拡散してきた(6月18日、ガザ) Ibraheem Abu Mustafa-REUTERS

<著者は戦場でそれを実感した。イスラエルがガザに侵攻すると、ウクライナにいた彼の下にSNSを通じて情報が入ってきた。メディアよりはるかに早く>

「戦争の本質が変わった」。中東を専門に取材する米ジャーナリスト、デイヴィッド・パトリカラコス氏は新著『140字の戦争 SNSが戦場を変えた』(江口泰子訳、早川書房)で指摘する。

同氏がこの点について初めて実感したのは、2014年春。紛争が続くウクライナ東部に入った時だ。主要メディアの報道よりも、個人が発信するツイッターによる情報の方がはるかに早かった。

同年6月、イスラエルがガザ侵攻を開始すると、ウクライナで取材を続けていたパトリカラコス氏のスマートフォンやラップトップに、ガザ地区の惨状を伝える動画と写真が、ツイッターとフェイスブックのフィードを通して続々と届いた。

現地にいなかったにも関わらず、パトリカラコス氏は「戦争がこれほど身近に感じられ、感情を揺さぶり、簡単に目撃できたことはない」と感じたという。「かつては国家だけがコントロールできた情報発信という極めて重要な領域を、ソーシャルメディアが個人に開放してしまった」現実を、目の当たりにした。

「ナラティブ」を作る

パトリカラコス氏によると、「戦車や大砲を使って戦う物理的な戦争」と、「おもにソーシャルメディアを使う情報戦」の二つの戦争が展開していた。

より重要なのは、「言葉やナラティブによる戦争を制する者が誰か」。

「ナラティブ」とは、日本ではほとんど聞かない言葉だが、「言説」あるいは「物語」という意味合いになる。例えば「こんな人が、この場所でこんな悪いことをしている」という「物語」を描いてみせることだ。

2014年3月、ロシアがウクライナ領クリミアを併合して国際社会を驚かせたことを覚えているだろうか。

ウクライナ政府と欧米諸国はこれを強く非難し、ロシアに対し経済制裁を発動した。前者にとってクリミア併合は国際的な違法行為だが、併合後に支持率が上昇したロシアのプーチン大統領は返還のつもりがないことを繰り返し述べている。一体、どちらに正当性があるのだろうか。

2013年ごろから、ウクライナでは親欧米派勢力と親ロシア派勢力との対立が次第に激化するようになったが、ツイッター上ではナラティブ・物語を支配するための戦いが起きていた。

例えば親ロシア派勢力は、対抗する親欧米派勢力の残虐行為を非難するナラティブを拡散していた。中でも悪質なナラティブの一つが「ウクライナ兵が三歳の幼児をはりつけにした」という投稿で、親欧米派の残虐行為を非難する内容のツイートが他にもたくさん発信された。こうした「物語」は、「共有され、数千回もツイートされた」。

戦場での戦争とプロパガンダの情報戦の組み合わせを「ハイブリッド戦争」と呼ぶが、パトリカラコス氏は、私たちが今遭遇しているのはプロパガンダ戦以上もので、「現実の作り直し」だと指摘する。

そして、ソーシャルメディアという道具を得た一般個人が、「物理的な戦場での戦闘と、それを取り巻く言説まで変えられる」、驚くべき力を持つようになったという。

『140字の戦争 SNSが戦場を変えた』は、その具体例を次々と紹介していく。

ツイートで情報発信したパレスチナの少女

最初に取り上げられたのは、ガザ地区に住む、16歳のパレスチナ人少女ファラ・ベイカーさんの話だ。 

2014年のイスラエルによるガザ侵攻で、「欧米諸国のメディアが事実を捻じ曲げ、イスラエルを被害者に見せかけようとしている」と思ったベイカーさんは、ツイッターで情報発信を始めた。「戦争中にパレスチナ人であることはどういうことかを理解してもらう」ことが目的だった。ガザ地区の貴重な情報源として、ベイカーさんのフォロワーはあっという間に20万人ほどに増えた。

プロフィール

小林恭子

在英ジャーナリスト。英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。『英国公文書の世界史──一次資料の宝石箱』、『フィナンシャル・タイムズの実力』、『英国メディア史』。共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数
Twitter: @ginkokobayashi、Facebook https://www.facebook.com/ginko.kobayashi.5

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ紛争は26年に終結、ロシア人の過半数が想

ワールド

米大使召喚は中ロの影響力拡大許す、民主議員がトラン

ワールド

ハマスが停戦違反と非難、ネタニヤフ首相 報復表明

ビジネス

ナイキ株5%高、アップルCEOが約300万ドル相当
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    【投資信託】オルカンだけでいいの? 2025年の人気ラ…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story