コラム

パリ五輪のこの開会式を、なぜ東京は実現できなかったのか?

2024年07月28日(日)11時34分

「多様性と伝統の称揚」は今回が初ではない

ダイバーシティ(多様性)やジェンダー等の先端的な視点と、受け継がれてきた伝統文化を同時に称揚するといったコンセプトは、今回のパリ五輪が最初ではない。前回2021年の東京五輪もそうした試みの一つだったと言える。マンガのキャラクター等のサブカルチャーが伝統文化と絡み合い、各国のアスリートをもてなす。東京五輪こそがそうした視座を世界に先駆けて提示しえたはずだった。それは世界が今なお驚異の目で日本を見る問いかけ(なぜ日本はそれが出来るのか)に対する回答でもあったに違いない。

しかし残念ながら、コロナ禍による開催延期等、様々な混乱の中で企画は修正され、担当者も変更された。大友克洋原作『AKIRA』の「赤いバイク」が東京を疾走する光景を拝むことは叶わなかった。

パリ五輪開会式の充実ぶりを見るにつけ、なぜそれを東京五輪で出来なかったのかという釈然としない思いがつのるのは、おそらく東京五輪を総括できていないからだろう。例えば大会経費について、東京五輪組織委員会が公表した1兆4238億円という数値は、会計検査院によって1兆6989億円だと増額認定されている。経費の算出根拠に関する見解の相違であるが、問題なのは「開会式にいくら費やされたか」を含めた詳細が未だに開示されていないことだ(パリ五輪の経費詳細も現時点で不明だが)。

やりっぱなしではいけない。公金が支出された以上、国民に対する説明義務があるという抽象論だけではなく、何がどう決まり、どう支出されて、どのような効果があったという検証は、次世代がこれからの日本をどうデザインしていくかを考えていく具体的な基盤になる。今回のパリ五輪開会式を一つの契機に、東京五輪についても遡った検証を改めて、進めていくべきであろう。

ニューズウィーク日本版 非婚化する世界
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月17日号(6月10日発売)は「非婚化する世界」特集。非婚化と少子化の波がアメリカやヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、世界各地の大使館を閉鎖 対イラン攻撃開

ワールド

日米首脳が電話会談、石破首相「米関税に関する閣僚協

ワールド

政府、骨太方針を閣議決定 「成長型経済」実現へ不退

ワールド

トランプ氏、イランに核合意促す 「虐殺終わらせる時
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    【動画あり】242人を乗せたエア・インディア機が離陸…
  • 7
    【クイズ】今日は満月...6月の満月が「ストロベリー…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    ゴミ、糞便、病原菌、死体、犯罪組織...米政権の「密…
  • 10
    【クイズ】2010~20年にかけて、世界で1番「信者が増…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 6
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 7
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 8
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 9
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story